●敵●
それはきっと、知らぬ間に近づいている。気づいた時にはもう射程距離に入っている。そして誰も逃れることはできない。
77歳の元大学教授、渡辺儀助は妻に先立たれ20年間一人暮らしをしている。年金と、執筆や講演での収入で細々と、しかし平穏で心豊かな生活を送っている。
そんなある日、届いた1通のメール。「敵」について。いつもの迷惑メールだと削除しながらも、重ねて届くそれが次第に彼の生活に入り込み、日常を乱していく。
「敵」とは一体何か。
彼の生活を一緒になぞりながら、観ている私たちも一緒に考え、そしてやがて理解する。
そして敵は彼だけのものではない、とも。
筒井康隆の同名小説が原作。一人の人間を丁寧に描くことで、「敵」を様々な角度から写し撮り、その一枚を拾ってはハッとさせられ、アルバムのように集まった時、その全容に驚きはもちろん、人間というものを深く考えさせられ、また、だからこそ愛おしくも感じさせられる。
同じ時間に目覚め、歯を磨き、仕事にかかろうとすると電話に立たされ、来訪をうっかり忘れて慌てて身なりを整え、時に見栄を張り、時に煩悩に悩まされ、時に夢にうなされる。そんな渡辺儀助という人間の日常は特別ではない。だからこそ自分のようにも、身近な誰かのようにも思え、生きることを考えさせられる。
米を研ぎ、ネギを刻み、胡麻を擦り、蕎麦を茹で、魚を焼き、コーヒー豆を挽き、ワインを選ぶ。彼の食生活もこの映画の楽しみの一つだ。無性にお腹が空く。何か作りたくなる。