●イル・ポスティーノ●
それは太陽がゆっくり傾いていくように、あるいは穏やかな海面のわずかな揺らぎのように、または撫でるように茂みを通り過ぎてゆく風のように、ささやかだけれど確かな心の動きが美しい景色の中に描かれている。
1950年台の南イタリア、ナポリ沖の小島。青年期も終わりに近づくマリオは、無口な漁師の父との二人暮らし。仕事も結婚もしていないことを父から嘆かれているが、のんびりした島の暮らしを続けるマリオはどこ吹く風。
そんな中、世界的に有名なチリの詩人で政治家のパブロ・ネルーダが亡命して島にやってくる。彼が住む別荘へ、世界中から届く手紙を届ける郵便配達の仕事を得たマリオ。ネルーダと交流するうち、知らなかった詩の世界に引き込まれ、恋と友情を知り、マイペースで大人になりきれなかった彼はやがて成長していく。
とてもとても美しい映画だ。一面の空も海岸も、あふれる緑も遠くのさざなみも、石畳も埃舞う山道も、大変に牧歌的で美しい。そして人々の暮らし、子どもたちの声、イタリア人らしいユーモア。
詩が、広がっている。空の彼方、水面のきらめき、岸壁の地層、岩場の波、背の高い草、太陽の光、心と心、そこかしこに詩が広がり出す。マリオが体感する世界を一緒に味わうことができる、そんな美しい映画だ。