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●二つの季節しかない村●

当たり前だけど大地は広い。広く豊かで険しい。そんな大地にへばりつくように営む小さな人間たち。

トルコ、東アナトリアにあるインジェス村。冬は雪にすっぽりと覆われ、それが終わりを迎える頃に来るのは春ではなく夏。長い冬、雪はどこまでも深く厳しい。果てまで続く雪原、凍った川、いつも白い空、路上に座り込む野良犬。
それらに囲まれて暮らすサメットは美術教師として赴任し4年目になる。何もなく閉鎖的な村から早く出たいと願っている。

思いやりと優しい面がある一方で、自身に不利な状況に陥ると怒り、声を荒げ、容易に欺く。感情的で利己的なサメットは誰もが望むような主人公ではない。
同居する同僚のケナンや、知り合った美しい英語教師のヌライ、慕ってくれる女生徒セヴィム。彼らや村人との交流を通してサメットの人間性を実に巧みにえぐり出す。
3時間の大作ではあるが、一人の人間の内面をその中に仔細に描き出している。特にヌライとの人生論についての会話は圧巻。

大地をアスファルトで多い、コンクリートの建造物で埋め尽くした街に住む私たち。ここでは山に登っても大地はほとんど見えない。
人間たちの世界しか見えず、その狭い世界でしかものを見たり考えたりしかできない。大地はあれほどまでに大きいというのに、小さな世界で小さな諍いや競争、消費、破壊を繰り返す。
しかしその姿はサメットたちによく似ていないだろうか。皆どこかしら彼らに似た部分はないだろうか。この映画の監督はそう知らせるためにサメットというちっとも愛せない男を主役にしたのではなかろうか。

ところでトルコは紅茶文化。いつでもどこでも紅茶が用意されている。
サメットとケナンの家でも常に紅茶とお湯のポットがストーブにかけられている。濃いめに煮出した紅茶を好みでお湯で割って飲む。紅茶のために湧き水を汲みに行くサメットとケナン。
そのような人間らしい営みも併せて描かれているのがなんだか救いのように見える。

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