「可愛い」の威力 【前編】
「えー!!🥺💗可愛い🥺」
こういう、いわゆる“陽キャ”が発する
「可愛い」
を、中3の私は全く信用していなかった。
容姿にコンプレックスを持ち、卑屈だったためである。
「どーせ思ってもないくせに。
褒め上手な自分💗
に浸ってんじゃねーよ。」
という風に考えていた。今思い出すと、相当な卑屈さである。まあ思春期とはこういうものなのだろう。
しかし、そんな私を変えた出来事があった。
Twitterで趣味を通して友達になった同い年の女の子に、初めて会った日のことである。
髪の毛を降ろすだけでオシャレをした気分になっていた、メガネですっぴんの私と違い、彼女の髪の毛はサラサラで、メイクをしていて、とても可愛かった。
ピンクのリップを塗り直す彼女をぼんやりと眺めている私に、彼女は言った。
「メイクしないのー?」
ハッとした。勉強と趣味に夢中な中学生の私はそんな発想、持ち合わせていなかったのだ。
そうか!メイクがあったか!これで私の容姿は変えられる。
このまま変わらなかったら、一生卑屈ブスだ…
強迫観念とも言えるほど強いこの危機感が、私を動かす大きな原動力となり、私は自分を可愛くすることに精を出すようになった。
アイプチ、アイドル前髪、バレないすっぴん風メイク
YouTubeやTwitter、雑誌を通して情報を得て、それを毎晩お風呂に入る前に練習する。
今思っても涙ぐましいほどの努力である。
しかし私の心を折ろうとする勢力もあった。
「よくそんな時間あるよねー!私だったら1秒でも長く寝たいもん!」
…知らね〜〜〜〜〜〜!!!!
それは私が「可愛くなること」に必死になっているのをバカにする発言だった。
可愛い子はこんな努力しなくてもちやほやされて人生得してるんだ…なんで私は…こんなのひどいよ…
人間の不平等というものをはっきりと自覚した瞬間である。
今ならわかる。彼女らも本当はオシャレをしたいのだ。でも急にオシャレして「頑張ってる」と思われるのが恥ずかしい。だから可愛くなろうともがいている私を見てバカにするのだ。
しかし、可愛くない私はそんなことを恥じている場合ではなかった。反対勢力にも負けずに、私は日々訓練を重ねた。
高校1年生の文化祭。
約1年に渡る研究の成果を発表する最初の機会である。
私の高校は進学校なので、基本的に真面目な生徒しかおらず、学校にメイクなどして来ようもんなら白い目で見られた。
しかし、文化祭だけは特別だ。真面目な高校生といえど、やはり「JKを楽しみたい」と思っている子は多い。だから文化祭では多くの女子がここぞとばかりにメイクや自撮りを楽しむのだ。
私も例に漏れず、それまでの研究成果を全てこの日に詰め込んだ。すると可愛い女子が
「えー!🥺💗めっちゃ可愛い!🥺💗
一緒に写真撮ろー!🥺💗」
と言ってくれたのだ。
(よっしゃああああああ!!!)
私の研究成果が認められた!そう思い、私はこの時初めて「かわいい」と言われたことを心から喜ぶことができた。
その後、私は可愛い子達と遊びに行く機会が増えた。
可愛い子達と遊びに行き、インスタに写真を載せる。もちろん友達と遊ぶのは純粋に楽しかったが、これは私にとって研究発表も兼ねていた。
「可愛い」と言われるたび、嬉しくて嬉しくて母親に逐一報告した。
「今日、○○ちゃんが可愛いって言ってくれたんだー!」
そのたびに
「もっと可愛くなりたい」
そう思った。
こうして私の「可愛い」の追求は高校2年生に続いていく。(前編おわり)