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「モテスパイラル」は実在するか?

はじめに


 「モテスパイラル」という言葉を聞いたことがあるだろうか。モテスパイラルとは主に恋愛工学という理論で用いられるものらしく、簡単に言えば「モテる男性はモテる」「(男性において)モテがモテを呼ぶ」ということを意味するらしい。

モテスパイラル現象とは「女にモテると他の女からもモテるようになる」という理論のことです。

https://virgin-love.net/2020/06/13/spiral-popular/

 最初に言っておくと、僕は恋愛工学というものを全く知らない。調べてみるとどうも恋愛工学とは「恋愛工学は簡単に言うと、ナンパや恋愛を心理学や生物学、統計学などを用いて理論的に解明したもの」で、藤沢数希さんという方が提唱した理論のようだ。 
 
 色々調べてみると、恋愛工学それ自体は、学問的地位を確立しているとは言い難いようだ。インターネットで調べてみても学術論文などにヒットすることは無く、良く分からないインターネット記事がたくさん検索結果に表示されるのみである(お前のnoteも良く分からない記事だろというツッコミは甘んじて受けよう)。まあ「学術的な裏付け」をもとに恋愛に関するあれこれを説明しているということなので、恋愛工学の理論のもととなっている情報自体は学問的裏付けがあると考えてよいのかも知れない。

恋愛工学については全くの素人である筆者であるが、しかし恋愛工学の「モテスパイラル」の話については少々思うところがあった。ということで、次章ではモテスパイラルについて色々検討していこう。


グッピー理論の話


 先ほど紹介した通り、「モテスパイラル」とは、「モテる男性はモテる」ということである。と言ってもこの言葉だけを聞いてしまうと、「進次郎構文かな?」と感じてしまう人もいるだろう。しかし、ここで言う「モテる男性はモテる」というのは「男性は女性からモテるということそれ自体によって、さらなるモテを獲得できる」ということのようだ。

 モテスパイラルに関するネット記事で多く紹介されていた理論に、「グッピー理論」というものがあった。グッピー理論とは以下のようなものらしい。

・水槽を3つのエリアに仕切りで分ける
・真ん中にメスA、左にブサメンのオス、右にイケメンのオスの計3匹を入れる
・ブサメンのエリアにメスをたくさん入れて交尾させまくる。メスAはその光景を見ている。
・イケメンはぼっちのまま。
・追加したメス達を水槽から取り出す。
・いざ仕切りを取るとメスAはブサメンとカップルになった。

https://virgin-love.net/2020/06/13/spiral-popular/

※他の関連記事でもこの「グッピー理論」紹介されているが、概ね同様の内容であった。

 なるほど、「イケメン/ブサメンのグッピー」というのは良く分からないが、要するにグッピーのメスは「他のメスが選んだオスを選びがち」ということか。え?これって要するに「配偶者選択の模倣」のことでは?


配偶者選択の模倣とは


 (メスによる)配偶者選択の模倣(mate choice copying)は進化生物学の理論であり、学術的には以下のように定義されている。

メスの(配偶者選択の)模倣は、あるメスがあるオスを選ぶ可能性が、他のメスがそのオスを選んでいる場合は高くなり、選んでいない場合は低くなるという非独立的選択の一種と定義できる。

※以下原文
Female copying can be defined as a type of nonindependent choice in which the probability that a female chooses a given male increases if other females have chosen that male and decreases if they have not.

Pruett-Jones (1992) 


 これはどういうことかと言うと、メスが単独でオスを選ぶのではなく、他のメスの選択を「真似」する形でオスを選ぶという配偶者選択戦略があるのではないか、ということだ。そして、この配偶者選択の模倣に関しては様々な生物で検討されているが、有名なものがグッピーにおける実験である。

 DugatkinとGodinは、1992年に発表した研究の中で次のような実験を行った。

実験1:最初に、メスのグッピーに2匹のオスから相手を選ぶ実験を行う。 一定時間後、再度同様の実験を実施。

実験2:最初に、メスのグッピー(メスAとする)を対象に2匹のオスから相手を選ぶ実験を実施。その後メスAは、最初の実験で自分が選ばなかったオスを他のメス(メスBとする)が選んでいる場面を見せられる(実際には選んでいるように見えるよう実験的に操作している)。この「観察」の後、メスAには再び2匹のオスから相手を選ぶ機会が与えられた。

 この実験の結果、興味深いことが分かった。実験1のメスは一貫して同じオスを選んでいた一方、実験②のメスAは、実験2のメスAは「自分でパートナーを選んだ時」と「他のメスの選択を見た後にパートナーを選んだ時」とで異なる選択をしたのである。

 実験②を雑にまとめると下記の図のようになる。メスAは最初(①)にオスAを選んでいるが、②で他のメスがオスBを選ぶところを見ると、③では自身もオスBを選ぶようになる。

※実験②イメージ 


 この「他のメスが選んだメスを選ぶ」というのが「配偶者選択の模倣」であるのだが、これはまさしく「グッピー理論」で述べられていることではないだろうか?ネット記事では出典不明であったが、確かに一応学術的根拠があるというのは事実であるようだ。

 とは言え、これはあくまでグッピーの話だ。人間に当てはめるためには人間を対象にした実験や調査で検証する必要がある。ということで、次の章では、人間においてグッピー理論・・・配偶者選択の模倣が見られるかについて見ていこう。


人間における「配偶者選択の模倣」


 前章では、グッピー理論が学術的には「配偶者選択の模倣」と呼ばれるものであることを示した。配偶者選択の模倣は簡単に言うと、「あるメスが、他のメスが選んだオスと同じオスを選ぶ」ということを指す。それでは、こうしたことは人間においても当てはまるのだろうか?

 人間における配偶者選択の模倣についてのレビュー論文(ある分野の研究についてまとめた論文)では、次のように指摘されている。

結果は完全に一致しているわけではないが、研究の多くはホモ・サピエンスでも他の種と同様に配偶者選択の模倣が行われるという主張を支持している。先行研究の間の矛盾のいくつかは、異なる方法論(生の交流、ヴィネット、自己記述書、写真刺激)やデザイン、異なる検出力(N = 38-140)、関係にある個人の交際状況やコミットメントの意志など特定の要因の組み込み方の違いによって生じたと考えられる。

※以下原文
Although the findings are not entirely consistent, the majority support the contention that mate copying occurs in Homo sapiens as it does in other species. Some of the inconsistencies between previous studies may have been generated by the use of different methodologies (live interactions, vignettes, written self-descriptions, pictorial stimuli) or designs, varied power (Ns 38 –140), and the differential inclusion of specific factors, such as the relationship status between paired individuals or willingness to commit.

Anderson & Surbey (2020)より

 
 つまり、多くの研究結果を踏まえるのであれば「配偶者選択の模倣は人間にも存在する」と言えるが、研究によっては矛盾も見られるということになる。

 確かに、人間の配偶者選択の模倣に関する研究においては手法に大分ばらつきが見られる。一応「何をもって選択とするか」についてはある程度は一致しており、「その人を魅力的であると感じるか」という指標を使っている研究者が多い(直接的な「選択」を人間で再現するのは難しいので)。しかし、評価する男性が「他の女性に選ばれている」という状況をどのように表現するかという点は研究によってかなり異なる。

 例えばUllerとJohanssonによる研究では、女性参加者に「結婚指輪をしている男性とそうでない男性」を評価してもらっている(ちなみにこの研究では配偶者選択の模倣は確認されなかった)。と思えば他の研究では、女性参加者に男性10人分(うち5人は「既婚」とされ、残り5人は「未婚」とされた)のプロフィールを評価してもらっていたりする(この研究では配偶者選択の模倣が見られたが、n = 38の小規模研究なので解釈に注意がいる)。

 上記の研究は「指輪をしているか否か」「既婚か未婚か」によって「他の女性から選ばれたか」を操作している。しかし、どちらの研究も前章で紹介したグッピーの研究とはかなり異なるのが分かるだろう。先のグッピーの実験では「配偶者選択を行うメス(メスA)が、モデルとなるメス(メスB)の選択を観察し、それを模倣する」という一連のプロセスが示せているが、上で紹介した人間を対象にした研究はこうした「観察→模倣」のプロセスを厳密に再現できているとは言い難い。

 とは言え、実際にそうした場面を作り出し、それを利用している研究もある。Rodehefferらの研究では、女性参加者97名を2つのグループに分け、次のような実験を行った。

・女性参加者97名を、二つのグループに分ける。

・片方のグループの女性(47名)は男性が単独で写っている写真を見せられ、もう片方のグループの女性(50名)は同じ男性がガールフレンドの女性と一緒に写っている写真を見せられる。そして両グループとも、写真の男性の恋愛相手としての望ましさを評価するよう求められる。

 実験内容をクソ雑にまとめると下記の図のようになる。グループ②の女性は、男性の写真だけでなく、その男性をパートナーとして選んでいるとされる女性も同時に見ることになる。両グループの女性による男性の望ましさ評価を比較することで、「男性は女性パートナーがいると評価が高まるのか?」ということについて検証する。


 実験の結果、女性パートナーと一緒に写っている男性(グループ②の男性)は、単独で写っている男性(グループ①の男性)と比べ、女性参加者から恋愛相手として有意に望ましいと評価されることが分かった(p = .004)。効果量(差の大きさ)はd = 0.71で、これは中~大程度の差があることを意味する(一般的にはd = 0.2が小程度、d = 0.5で中程度、d = 0.8で大程度とされる)。

 この結果は、パートナーがいる男性は女性からより高く評価されることを示唆しており、配偶者選択の模倣が人間においても存在するということを支持するものである。

 
 しかし、ここで疑問が生じる。配偶者選択の模倣は女性においてのみ見られる現象なのか?

 HillとBussは、男女両方を対象に実験を行った。この実験の内容をかなり雑に表すと以下の図のようになる。図は女性参加者対象の実験を表したものであるが、男性参加者の場合は性別を入れ替えて考えて頂きたい(男性参加者は各条件123名)。


 実験の結果は男女で異なるものであった。女性参加者は、女性に囲まれた男性を(単独の男性または男性に囲まれた男性と比べ)より魅力的であると評価した。一方、男性参加者は、男性に囲まれた女性を(単独の女性、女性に囲まれた女性と比べ)より魅力的でないと評価した。ただし、この研究では評価対象の男性/女性とその周りの人との関係が明示されておらず、「配偶者選択の模倣」を厳密に示したものではないことに注意が必要。

 解釈に注意が必要な研究ではあるものの、配偶者選択の模倣は男性において見られるかというと微妙(逆の可能性もある)と考えられるかもしれない。

 ここまで人間における配偶者選択の模倣について検討してきた(紹介した研究は一部であるが、他にも多くの研究が実施されているので、そちらについてはレビュー論文を参照して頂きたい)。紹介した研究、及びレビュー論文の結果を踏まえると、人間の女性においても配偶者選択の模倣は起こり得ると考えられる。そのため、「グッピー理論」として紹介されている恋愛工学のモテスパイラル理論も、一考に値するものであるかも知れない。他方で研究手法によっては異なる結果になることも考えられるので、今後の研究も是非参考にしたいところだ。


なぜ女性は「他の女性に選ばれた男性」を好むのか?


 なぜ女性は「他の女性が選んだ男性」を好むのか?
 
 これについては、女性は男性よりも配偶者選択を誤った際のコストが大きいことによるものであると指摘されている(過去のnoteを参照)。配偶者選択におけるコストが大きい女性にとって、望ましい相手を選ぶことは簡単ではなく、様々な要因を考慮する必要がある。

 そうした中で、少なくとも1名の女性がある男性を選んでいる場合、その男性は何らの望ましい特徴を有していると推測できる。そのため、他の女性の選択を「模倣」することで、その男性の望ましさを1から見極めるコストを省くことができるかもしれない。男性の情報が限られている状況においては特に有効であるだろう。


終わりに


 今回は、恋愛工学における「モテスパイラル」について検討してきた。人によってはこうした話を「うさんくさい」と思うかもしれない。しかし、モテスパイラルは様々な研究を踏まえると十分にあり得ることであると考えられる。

 モテスパイラル・・・グッピー理論・・・配偶者選択の模倣における知見は、現実で活用できるものであるかも知れない。さらに、現実で観測できる様々な事例を説明する上でも役に立つだろう。最も、恋愛工学が現実で活用されることが望ましいことなのかということについては様々な見解があるようだが・・・この話は別の機会に。

 

 


 

 


 




  


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