性的コンテンツの影響について(論点整理)
はじめに
過去のツイートが掘り出されたので、そこで行われていたやり取りを観察してみると、なかなかに面白いツイートを発見した。
なんと論破王AIの発言をレスバトルの反論に引用し、ドヤ顔しているのである。ネタアカウントかと思いきやどうもそうではないようなので、「マジかよ・・・」と真顔になってしまった。
※ちなみに論破王AIとは、ChatGPTを利用した「論破」に特化した人工知能型チャットボットである。
そもそもこの論破王AI、どうや論理や根拠に基づき正しい答えを導きだすというより、発言に対する「逆張り」を行うAIであるようで、実際そのような指摘当該ツイートに対するコメントで寄せられていた。
正直「なんだこいつ」で終わりの話であるのだが、個人的にこの論破王AIへの入力とそれに対する応答を見て、少し思うところがあった。というのも、この「入力」もかなり雑というか、少々極端な話なのである。そして、この「入力」に近しい見解というのが「表現の自由擁護」側の人間から出されることもある。表現の自由については筆者も規制(超)慎重派ではあるものの、事実が何であるのかという部分についてははっきりさせておきたい。
また、「入力」に対する論破王の応答も、(反論のために引用するのは不適切と言えど)一応検討に値するものではあるのだ。これは、同様の指摘が「性的表現規制派」から出される可能性が十分考えられるためである(実際出されている)。
ということで、性的表現の影響について、軽くではあるが論点整理をしていこう。
①性犯罪の増加とポルノの関連性を指摘する研究も存在する?
まずは論破AIの「性犯罪の増加とポルノの関連性を指摘している研究も存在します。」という発言(?)について考えてみよう。個人的には最初の「ポルノが無害」という部分も引っかかりはするが(そもそも「害」とは何か)、一応性犯罪の誘発というのがここで挙げられているメインの「害」ということにする。
性犯罪の増加とポルノグラフィーとの関連性を指摘している研究は存在するのか。結論から言えば、存在はする。例えば日本語文献でよく持ち出されるのは、渡辺真由子氏の2012年のレビュー論文だろう。この論文自体は何らかの実験や統計調査を行ったものではないが、性的コンテンツの悪影響についてまとめてあるもので、「このような研究があるのか」ということを知る上では有効なものとなっている。
また、海外の研究でも、性的表現の悪影響を主張する論文はある。
しかし、渡辺氏の論文に関しては問題点も指摘されている。著者自身の問題もそうだが、内容的にも、自説と相反する研究の説明を十分に行っていない、引用元の論文の誤った解釈を記載しているなどの問題点があり、この論文をもって「ポルノは有害!」と主張するのは少々危ういと言わざるを得ない。
渡部氏の論文に対する批判については手嶋海嶺氏(@TeshimaKairei)のnoteを参照してほしい。
また、「海外の研究でも、性的表現の悪影響を主張する論文はある」と述べたが、それを言ってしまうと「性的表現の悪影響はない、もしくは性的表現はむしろ良い影響を及ぼす」ことを示唆する研究もあるのだ。この点については後述するが、性的表現の悪影響を主張する研究があるという点については少々慎重に捉えた方がよさそうである。
②ポルノが性的衝動をコントロールするためのガス抜き効果を持つという主張は根拠がない?
つづいては、「研究論文でも、ポルノの規制については、規制すると性犯罪が増えると出ている。それにガス抜き効果によって性行動への衝動が一定以上を超えることはない。」という主張に対する論破王AIの反論について検討しよう。これは、いわゆる「ポルノが性犯罪を抑止する」論に関する話だ。
論破王AIは「根拠がない」と主張しているが、あながち無根拠というわけではない。前章でFerguson & Hartley(2022)の中の記述を引用し、性犯罪の増加とポルノの関係性を指摘する研究があると述べたが、あの文章には続きがあり、そこでは「逆の結論を出している研究もあるよ」と言っているのだ。
ということで、「ポルノが性犯罪を抑止する論」は何の根拠にも基づかないというわけではなく、一定の学術的根拠の伴った主張であることは指摘しておかねばならないだろう。この点で、例の論破王AIの主張は少々偏っていると言える。
ただし、後述するが、「ポルノが性犯罪を抑止する論」が正しいと言えるかは全く別の話であることも同時に指摘しておかねばならない。これについては「表現の規制反対派」も十分な根拠を提示せずに主張することがあるため、もう少し自説の根拠を明らかにしてほしいと考えている。
③統計的な計量された数値データがなければ、ポルノの害を証明できないと言う主張は論理的に不正確?
この主張についてはどうだろうか。確かに、ポルノの有害性に限らず、数値化データこそ唯一の「根拠たりうる」というのは極端な主張かも知れない。その後の「科学的な研究は、単純な数値データに頼ることではありません。研究はさまざまな要素を考慮し、複数の視点から結論を導くものです。」という発言も一理あると言えばある。
しかし、では本件について、数値データではない「根拠」は一体何なのだろうか。ある人は実際にポルノやその他の性的表現物によって生じた(と思われる)実際の事件を挙げるかもしれない。しかし、それが本当に性的表現物の影響を受けたものであると、どのように証明するのか?仮に容疑者がどう語っていたとしても、それが真実であるとどのように担保するのか。容疑者が嘘をついている可能性もあるし、容疑者自身も真の原因を認識できていないかも知れない。確かに統計データが100%正しいわけではない。しかし、統計データよりも正確な「根拠」が果たしてあるのかという点は考える必要があるだろう。
また、数値データが全てではないという主張は一理あるとしても、その後の「だから、ポルノは無害と断言するのはまったく根拠のないことです。」という発言は明確に飛躍である。「無害と断言するのは言い過ぎ」というのであればまだ理解できるが、「まったく根拠がない」わけではないだろう。彼はどうも「数値化データは無意味」と主張したいようであるが、そうならそうと言えばよいのではないか?
④「ポルノグラフィーは、性的な暴力や依存症を助長する可能性があるため、十分な規制を受けるべき?
うーん、ちょっと待ってほしい。これは一体何を根拠とした主張なんだろうか。もしかして、その前に書かれている「ポルノは無害と断言するのはまったく根拠のないこと」ということから導き出された主張なのか。そうであれば、「無害と断言するには根拠がない」ということから、「有害である可能性が0ではないから規制すべき」と言っていることになる。しかし、これもさすがに飛躍であろう。ある物や人が「無害」と断定できない以上規制すべきとなると、あらゆるものに対して「無害と断定できない、規制!」が適用されてしまう。
最も、「無害と断言するのは根拠がない」だけでなく、「有害という根拠はある」という点も挙げられているのであれば、まだ分からないでもない。そして、「彼はポルノの有害性を示す研究がある」としている。しかし、前章でも述べた通り、彼は数値データを「根拠」として認識していないので、「ポルノの有害性を示す研究」も根拠とは言えないという主張も成り立ってしまうのではないか。そもそも彼は「研究はある」としか言っていないのでその点も不誠実ではあるのだが、もしかして彼の言っている「研究」というのは数値データに基づかないものなのだろうか?そうなのだとすればそれを示してほしいものだ。いずれにせよ、結論の導き方が乱暴と言わざるを得ないだろう。
結局、ポルノの影響はあるのか?
ここまで、「論破王」の主張について検討してきたが、「結局のところポルノの影響はあるのかい、ないのかい、どっちなんだい?」という問いに対しても答えていこう。
といっても、ここからの内容は筆者の過去のnoteの説明となるので、詳細は以下のnoteを参照してほしい。
FergusonとHartleyは、”Pornography and Sexual Aggression: Can Meta-Analysis Find a Link?”という論文において、「ポルノグラフィーと性的攻撃との関係性を示す研究もあれば、そうでない結論の研究もある。結局どうなんだろう?」という問いを解決するために、「メタアナリシス」という分析を行った。、メタアナリシスとは、「複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析」のことであり、FergusonとHartleyは、ポルノグラフィの使用と性的攻撃行動との関係性を調査した59の論文(実験的研究、相関研究、人口レベルの研究が含まれる)を対象に検証を行った。
その結果は以下の通りである。
※他にも興味深いことが分かっているが、詳しくは先述のnoteを参照。
とあり、端的に言えば「ポルノグラフィーの消費と性的攻撃について、両者に明確に関係があると主張するのは難しい」という結論となった。
このことから、過去行われた様々な研究を踏まえると、「ポルノが性犯罪を引き起こす」というのはどうも怪しそうだ。しかし、逆の主張、つまり「ポルノが性犯罪を抑止する」というのも、同様に怪しいことになる。少なくともこのメタアナリシスの結果を踏まえると、両者に有意な関係はないということとなるため、この点は注意する必要があるだろう。
もちろん、この論文だけをもって「結論が出た」というのも早計である点は留意したい。今後の研究で結果が変わることも考えられる。一方でこの研究は複数の研究をまとめて分析しているという点で、単体の分析結果を扱う研究とは異なるという点は言えるだろう。また、分析に使用した研究の質を厳密に評価し分析していたりと、興味深い内容となっているので、是非興味のある方は読んでみてほしい。
終わりに
正直なんであんなものをnoteとして扱ったのだろうという後悔はないわけではないが、一応論点整理としてまとめてみるのも良いだろう。表現規制反対派の論についても時折極端なものが出されることもあり、事実を明確にすり合わせることができていないようにも思えるので、一度落ち着いて考えてみても良いのではないだろうか。