First Love
宇多田ヒカルさん 『First Love』の歌詞をLLMに読み込ませてプロットを書き出して、プロットから書き起こした小説です。
◆
電車の中だというのに、床は古びた木の板で今にも割れそうな感じがする。
真夏なのに、天井からは扇風機が吊り下がり、せわしなく回っている。
外は焼けるように暑いけれど、窓から吹き込む風はなぜか心地良い。
ゴトゴトという音を立てながら、電車は進んでいく。
下高井戸を出て、上町のあたりを通ると、カレーの香りが漂ってきて、道の半ばを知らせる。
三軒茶屋では大規模な工事が行われていて、本来ならば待ち合わせ場所としては適していない。
でも、君の専門学校がそこにあったから、僕たちはよくそこで待ち合わせをした。
青いビニールシートが目立つ駅で、君は何かの本を読みながらタバコを吸っている。
僕を見つけると、君は恥ずかしそうに微笑んだ。
「制服か。そうだよね、なんか悪いことをしているみたい」と君が言う。
君もほんの数ヶ月前まで、制服を着ていた。
それなのに、君は僕の制服姿をまぶしそうに見つめる。
年下の彼氏と過ごす時間を楽しんでいるのだろう。
僕は、そんな君の様子をただ見守ることしかできない。
しかし、現実問題として、制服姿ではどこへ行くにも何をするにも不便だ。
だから僕は駅のコインロッカーでよく私服に着替えた。
あの頃、僕たちはそんな風にしてデートを重ねた。
今でも駅のコインロッカーを見るたびに、そこには様々な人たちの制服がしまわれているのではないかと想う。
多くの駅のコインロッカーは、夜の11時を過ぎると閉まってしまう。
僕たちはデートの帰り道、よく「しまった!コインロッカー!」と叫んで、駅に向かって走ったものだ。
大抵は間に合わなかったが、それは夜を共に過ごすための口実に過ぎなかった。
あの頃、新宿中央公園には、そんな風にして時間を過ごしているカップルがたくさんいた。
新宿のビルの屋上から街を眺めながら、僕たちはタバコを吸い、お酒を飲んだ。
「21世紀まであと1500日だって」と君は看板を見ながら言う。それが、どれほど遠く感じられたことか。
それから20年が経ち、1500日どころか7000日以上が過ぎてしまった。
久しぶりに再会した君は、明らかに疲れ切っていた。
「これから実家に帰るんだ」と君は言った。
タバコに火をつけると、君はぼそっと言った。「実家に帰ったら、何を言われるか想像つくから」
僕は何と言って良いか分からなかった。
「そうだね、大変だったね」と僕は答えた。
もっと適切な言葉を見つけたかったけれど、僕は何を言えばいいのかわからなかった。
君は結婚していた。
夫の実家で姑と共に暮らしていたのだ。
最初はうまくいっているように思えたが、子供がなかなかできないと、姑の態度は徐々に厳しくなっていった。
僕たちが育った東京では想像もつかないが、田舎では血筋や長男の問題を未だに重んじる人が多いらしい。
やがて、夫は強引に君に迫るようになった。
君は心が離れると同時に、体も彼を受け入れられなくなってしまった。
君は耐えかねて、東京の実家に逃げ帰ってきたのだ。
まだ離婚は成立しておらず、実家に帰っても説明しなければならない事が山積している。
僕には彼女の家族の事情は分からないが、彼女を守ってくれるような状況ではないことだけは想像できた。
「ところで、タバコはやめたの?」君が唐突に尋ねた。
「ああ、下の娘が生まれた時にね。もういいかなって思ってさ」と僕は答えた。
長年続けてきたタバコも、いつの間にか僕の生活から消えていた。
「そうなんだ。ずいぶんと時間が経ったんだね。21世紀まであと何日っていう看板も、もうどこにもないよね」と君は言った。
かつてその看板があった場所を見つめながら、君はきっと全く別のことを考えていたのだろう。
「うん、もう21世紀になっちゃったしね。車は飛ばないし、どこにも行けないドアばかりだけど」と僕は言った。
僕にはうまい言葉が見つからなかった。言葉はどこか遠くへ隠れてしまったみたいだ。
「そろそろ行くわ。会ってくれてありがとう。うまく言えないけど、本当に感謝してる」と君は言った。
君が、これからも向き合っていかなければならない現実を考えると、僕の胸は張り裂けそうだった。
もしできることなら、あの日の世田谷線の蒸し暑い扇風機の下に戻って、君に何かを伝えてあげたかった。
でも、何を言えば良かったのだろう。
結局のところ、僕たちは別れてしまい、少なくとも僕は君を幸せにすることができなかった。
その後の君の人生について、僕が何かを言う資格はない。
帰り道のエレベーターで、君の隣に立ちながら、僕は言った。
「ねえ、僕にとってはあれが初恋で、今でも最高の思い出だよ。ありがとう」
僕たちの関係は、時間とともに変わってしまったかもしれない。
でも、かつて共に過ごした時間、それぞれの道を歩み始める前の純粋だった瞬間は、永遠に僕の心の中に残っている。
人生は予想もつかない方向に進むことがある。
けれども、過去に築いた絆は、たとえば離れ離れになってしまっても、色褪せることはない。
再会した今、君が抱えている重荷が少しでも軽くなるように、そして君がこれからの人生で幸せを見つけられるように、心から願っている。
僕たちはエレベーターから降りた。
僕は君を見送り、静かに手を振った。
君は微笑んでから、ゆっくりと歩き始めた。
その背中には、重たい過去も、未知の未来もある。
しかし、その一歩一歩には、新しい始まりの可能性が秘められている。
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