小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』10/6(日) 【第58話　葛藤】

着替えを取りに行く事と、洗濯や掃除のため
一旦、家に戻った。
翔の母親が発案した企画の撮影は、
駅前で14時に待ち合わだ。

移動時間を含め、3時間以上あるので
余裕はある。
 
部屋を片付けていると、母が置いたままにした
ウィスキーのボトルが目に入った。
その時に、独り言が口をついて出た。

「あんなに飲み過ぎるから体を壊すんだよ。
だいたいお酒飲んで、心と体を麻痺させても、
酔いが醒めたら、元に戻るだけなのに」
 
母への皮肉を込めた言葉だが、口に出したら、
頭の中で反芻された。

「心と体を麻痺させても、、、」
その言葉をとらえ、違う考えが浮かんだ。
 
母の癌はステージ４だ。つまり、
転移が進み、当然、痛みもあるはずだ。
その痛みを仮に、アルコールで
誤魔化そうとしていたとしたら。

そして、その結果が、アルコール量の
増加だとしたら、、、
 
考えにくい事ではあるが、もし、
病状の認識がありならが、
こんな行動に走ってたとすれば、
その理由は、何だろうか？
 
それは「自分が逝った後、たった一人の娘を、
託す人が見当たらない」という絶望なら、、、
 
確かに、親は自分一人だ。そして、中学時代、
イジメにあってた私に、血縁者以外の支援者は
いないと、母が考えてたとしたら、、、
 
母をアルコールに追いやったのは、
私かもしれない、、、、、
そんな考えが、頭をよぎった。
 
頭の中を整理できない中で
スマホのアラームが鳴る。

今日の撮影は翔だけでなく、
翔の家族も一緒なので、
遅れないようアラームをかけてた
 

待ち合わせ場所に行くと、いつも通り優しい、
翔の笑顔があった。翔は手を振っていた。

翔を見て、寄りかかる大木を見つけたように、
私の不安定な心が動いた。
そして身体も心と連動するかのように動いた。
 
駆け寄った私は、そのまま翔に抱きついた。
翔の「え？」という言葉は聞こえたていたが、
私は小声で返した。
 
裕奈「お願い、今は翔の温もりを感じさせて。
そうでないと、私の心が崩れそう。　

ごめん、わがままはわかってるけど、今日は、
翔に支えられないと、私、崩れてしまいそう。

ごめん、翔、ごめん、こんな私で、、、、、
翔を近くに感じてないと、私、倒れてしまう」
 
私は自分で何を言ったか、よく覚えてないが、翔の温もりに包まれた事は忘れえない事実だ。
そんな私を、翔は何も言わず受け止めてた。

心が落ち着くまで、私の背中を黙って、
抱いてくれた。
翔の身体に自分の身を委ねることで、
徐々に心の落ち着きを感じてきた。
 
私は、小さな声で「ありがとう。」
と言って、自分の身体を、翔から離した。
翔は微笑んで、頷いて言った。
 
翔「櫻井、今日は撮影やっぱりやめとこうか」
その言葉に、私は首を横に振り、言った。

裕奈「大丈夫。むしろ翔や、翔のご家族と、
楽しく撮影している方が気がまぎれるから」
その言葉を聞いた翔は少し考えてから言った。

「わかった。じゃあ、行こうか。」
翔は言い、振り向いて歩き出そうとした。
 
その時、翔は自分の左手を黙って差し出した。
私は迷わずその手を握り、2人で歩き出した。

 
駅ビルの入口で、翔の家族とも合流した。
翔が、説明をはじめた。

翔「これから買い物シーンから撮影しよう。
ただ、撮影と言っても買うものは、
お互いに内緒にしなきゃいけないので、
各自バラバラで買い物して、買った後に、
その商品を持って選んだ理由を話す
自撮り動画だけで大丈夫だから。
 
長くても1分以内で、顔はできるだけ
映らないように。
編集で直せるけど手間を省くためね。
 
それから、俺と櫻井は一緒に買い物をして、
それだけはカメラを回しっぱなしにするから。
何か、質問ある？」誰からも質問はなかった。

翔「そうだな、1時間後にまたここに集合ね」
凛の「OK」という言葉に他の家族も頷いて、
それぞれ食材を探しに散らばった。
 
今回は、翔と私が同じチームという設定で、
一緒に買い物する。
翔以外の家族は顔出しがNGなので
撮れ高を考え、翔がその設定にした。

私も、今、1人にされるよりその方がいい。
まだ心が不安定だったが、
不思議とカメラを回されていると、
そのことは忘れられた。
 
１時間後、翔の家族と合流し後撮りしてから、
翔の自宅まで戻り、本編の撮影をした。

ただ、撮影と言っても翔の家族と
ご飯を食べる、普段の光景と
大きな違いがなかった。
そのおかげで撮影中は
心の葛藤を忘れていた。
 

ちなみに、動画撮影前に先週撮影した、
サイゼリアの動画をあげたのだが、
1日経ってないのに、一番多い
再生回数になっていた。
 
そして翌週アップされた、この闇鍋の動画は、
それを更に上回る、再生回数になった。

コメントを見ると
「翔の家族も登場する神回」とか、
「翔のお父さんやお母さん、お姉さんと
裕奈ちゃんの絡みが自然で本当の家族みたい」
といったコメントも多く投稿されていた。

その日も、私は凛と一緒に眠った。
 
(第58話　終わり) 10/10(木)まで毎日投稿。
次回は明日10/7(月)投稿予定

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