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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』10/3(木) 【第56話 告知】
その日は、やはりスカートの中の、
これまで、経験したことのない
無防備さが気になる。
満員電車に乗っている時は不安だったので、
翔とドアの間に身体を潜り込ませ、
翔に後ろに立っているようにお願いした。
自分の後ろ側を無防備にしているのが
不安だったからだ。
なのだが、後ろの翔の呼吸がかなり荒いので、
それはそれで逆効果だと思った。
駅で降りて、翔に向かって意地悪く言った。
裕奈「息づかいが荒かったよ。
ねえ、何を想像してたの?変態」
翔は慌てて弁明した。
翔「いや、違うって。今日は、
いつもより混んでて、後ろから
ずっと押されてたから、、、」
という必死の弁明を打ち消すように後ろから、
クラスメイトの賑やかな声が聞こえた。
「翔、祐奈、おはよう」
それからの3日間、学校での生活は、
いつもと何ら変わりはなかった。
ただ、家に帰ると1人の生活だった。
だが、それが特別寂しいとも思わなかった。
凛からは「この3日間うちにずっと居れば?」
とLINEが来たが、流石にそこまで
甘えることはできない。
感謝を伝えながら、丁重に断った。
翔の家に泊まった、翌々日に病院に寄った。
母親の様子は、特に変化はなかった。
ただ、パジャマ姿だからかもしれないが、
以前より少し痩せた印象を受けた。
母との短い会話の後、洗濯物を受け取った。
2日後に結果が出れば退院になるので、
受け取るだけだった。
母が入院して4日後、学校を早退して、
病院に向かった。
今日は、検査結果が出る日だった。
授業が終わってからだと遅くなるので、
この日は先生に事情を伝え、
午前中で早退した。
病室に行って母に、結果はどうだったのか?
と聞いたが、まだ聞いてないとのことだった。
と、その時、看護師が顔を出して声をかけた。
「娘さんですか?もう少ししたら、先生から、
お話があると思うので、少しお待ち下さい」
そして、その言葉通り10分も
経たないうちに診察室に呼ばれた。
診察室に入ると、母だけでなく
何故か私も、席を勧められた。
医師は説明をはじめた。
まず4日前倒れたのは貧血だったこと。
しかしその検査で食道癌が見つかった
ということを伝えられた。
驚きには違いないが意外と母は落ち着いて、
その段階を尋ねた。
医師は少し間を置いて言った。
「ステージ4です」
母だけでなく私も言葉を失った。
ステージ4が末期という事は私でも知ってる。
母は一言「そうですか」と言っただけだ。
私が言葉を失っていると医師が続けた。
「ステージとは、あくまでどういった範囲に
転移しているか?という段階を表してます。
勿論、転移が多いほうが治療が大変である
ことは事実です。しかし、それに対して
適切な治療を施すという点においては、
ステージが0でも、4であっても同じです。
治療を続けるには生活環境も大切になります。
お母さんが、落ち着いて治療に専念できる
場所が良いと思います。
例えばですが、生まれ育った地元など。
そういった色々な事を考えて、
決めていったほうがいいと思います。
そういった観点から、例えば
ご親戚とか、あるいはお知り合いで、
このことをお知らせしてご相談できる方は、
いらっしゃいますか?
もしそういった方がいらっしゃるのであれば、
今のような、お話を再度させて頂くことは
可能です」
医師の発言が意図する所ははすぐにわかった。
努めて客観的に話をしてくれているのだが、
やはり末期癌で、かなりリスクがあること、
そのため病院での入院以外の、
他のストーリーも考えておく必要があること、
そう言った事を判断するにあたり、本人と
高校生の娘だけでは心許ないという事だ。
母は何も言わないが、私は迷わずに言った。
裕奈「居ます。私のお父さんです。
お母さん、お父さんに電話するよ」
母からの返事はないが、診察室を出てすぐに
構わず電話をした。
今、父は、仕事の関係でアフリカに居るのは
知っていた。時差を考えると、今は早朝だ。
何回かのコールの後、電話が繋がった。
私は、父の返事の前に言った。
「もしもし、お父さん、私。
あのねお母さん、癌になっちゃった」
電話口から「え!」という驚きの声が漏れた。
そして、言葉が続いた。
「わかった、すぐに日本に帰るから。
悪いが裕奈、それまで母さんのことお願いな」
その日の深夜、父から電話があり、間もなく
飛行機で現地を発つということだった。
そして、日本への到着は明日の深夜になる
ということだったので、とりあえず、
明後日の朝、病院で待ち合わせることにした。
電話を切った後、凛が私を抱きしめてくれた。
母の診断結果を言おうと思ってなかったが、
この日、病院に行くことは、翔をはじめ、
翔の家族も知っていた。
私からの連絡がないことを不安に思った翔が、
まずは電話してきた。
いつもと様子が違う事に気づいた翔は、
すぐに自宅まで来てくれた。
そして翔の姿を見た私は泣き出してしまった。
そんな私を、翔は抱きしめてくれた。
その後、1人で過ごすと不安だろうと、
翔に連れてきてもらった。
母に対して特別な感情はないと思っていたが、
たった一人の家族が病に冒されている事実は、
やはり、決して小さなものではなかった。
こんな日は、一人で居たくない、
そんな気持ちを察し、凛が一緒に寝てくれた。
眠れないかと思ったが、
凛の温かさに包まれ眠ることができた。
そして、朝を迎えた。
(第56話 終わり) 次回10/5(土)投稿予定。
10/5(土)から10/10(木)まで6日連続投稿です
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