親子髪色論争(1月7日)
去年の夏実家に帰った時、父が僕を見るなり鼻で笑った。
髪の色だ。この瞬間雷の速度で嫌な予感が背筋を抜けていく感覚と共に、尋常じゃない速さで僕の頭は次に出てくる言葉に対しての臨戦体制をとった。
ピンクに染めてからもう1年以上が経過している。髪を染めてから父の前に出るのはこれが初めてではなかった。ただいつもと違うのは、この日が染めてから1週間も経っていないほぼ染めたての状態だったということ。僕はいつも髪を染めるときに「できるだけ濃く」とお願いする。派手髪は驚くほど色の落ちるスピードが早いからだ。いつもは染めてから最低でも2週間は空け、ある程度色落ちした状態で、家族がびっくりしないよう僕なりに気を使って帰省していたのだが、もう流石に親の目も慣れた頃だろうと踏んだ僕は堂々とその頭で帰省を試みた。
これが結果的に誤算だった。
鼻で笑った後、父はこう続けた。
「なんでかんでその頭じゃないといけないの?」
臨戦体制をとっていた僕はその言葉とその前の態度から馬鹿にされたんだと判断しひどく腹が立った。それと同時にあぁやっぱり理解できないのかとひどく落胆もした。
「いやそれなら別に黒でいる必要もないから」そう言い返す。
お互い冷静を装ってはいるものの言い争いになるのは時間の問題だった。
髪を染めてからというもの、周りが派手髪を受け入れていく中で、唯一父だけが良い顔をしなかった。露骨に態度に出すのではなく嫌味っぽく遠回しに嫌がっていたので、きっと僕が父の言うことを聞かないのは分かっていてかつ受け入れたいけど受け入れられない、そんなところに見たことない頭の色で再登場したものだからもう見て見ぬふりできなったのだろう。
その後しばらくラリーを続けた。父は僕の性格を知った上で「何か理由があってそういうふうにしているんじゃないか」そう言っていた。でもピンクにしていることに深い意味はない。したいからしている。でも強いて挙げるなら人と違うことを変に特別だと思って欲しくなかった。これくらいのこと別にどうでもよくあって欲しかった。
父は「純粋に興味があって聞いている」と言っていたが、鼻で笑った最初の態度が引っかかり僕にはとても興味があって聞いているようには思えなかった。その時点でもう僕は心のシャッターを閉じ説明することを諦めた。でもそれは同時に楽な選択でもあった。バシッと納得させられるだけの語彙力がない(勝算がない)と踏んだ僕はそれを隠したのだ。ひどく自分の語彙力の無さを悔やむ。怒り、悲しみ、悔しさ、いろんな感情が無造作に洗濯機の中に放り込まれ回されている気分。整理のつかない感情ばかりが先行してしまい思わず目に涙を溜めた。
普段から僕は自分のことを無理に理解してほしいとは思っていない。理解し合えるなら関係は続くだろうし、理解し合えないならそれまでだと割り切っている。でも家族はなかなかそうはいかないのかもしれない。親の目から離れてもう10年近くになる。僕には僕の人生があり、父には父の人生がある。お互い環境も関わる人も違うのだから価値観がある程度変わってくるのは当然だと思う。それをあえて強制したり、こちらの意見を押しつけるようなことはしたくなかった。だからこそ放っておいて欲しかったのだ。
会話は平行線を辿るばかりでどう終わったのかも覚えていない。でも解決していないことだけは確かだ。
なんでこんな思いをしてまで髪を染めていなきゃいけないのかとそんな考えが一瞬頭をよぎる。黒だったらこんな思いせずに無駄なエネルギーを使わずに済んだはずだ。でも逆に言えばこれは髪をピンクに染めなければ分からなかった景色ともとれる。貶されて良い気はしないが、相手に何かしらの違和感を与え、そこに賛否両論が生まれ、それが人に考えるきっかけを与えているとするならば、大小関係なくそれは素晴らしいことだと思う。
髪の色を通して、周囲のリアクションから改めてその人の価値観が透けて見える瞬間は案外面白いものだ。これらを踏まえればたとえYouTuberと言われようと、ずっと大学生気分と言われようと多少の偏見は甘んじて受け入れよう。
茶髪や金髪じゃやはり意味がない。
父が僕の髪に何も思わなくなるまでは絶対にこのままでいよう。そう固く心に決めた。