「俺は死ぬのが怖く無い」敬虔なイスラム教徒との話し合いの中で
「俺は死ぬのが怖くない。なぜなら俺は正しいから。俺は死ぬのが怖くない。なぜならアッラーは絶対だから。」
そう語る彼の目は、どこまでも真っ直ぐで、澄んでいた。自分は何も間違っちゃいない。そう信じる彼の目は、あまりにも純粋無垢だった。その自分を見つめる漆黒の瞳の奥に、スッと吸い込まれそうになる一抹の恐怖を全身でヒシヒシと感じながらも、彼の目から視線を外すことが出来なかった。
40度を超える暑さなのに、極度に乾燥しているせいで汗が一滴も出ない。そんな砂漠地帯の中東にある小さな島国、バーレーンの中で一番大きなモスクの入り口に僕はいた。どうやらこのモスクは歴史がとてもある上に、無料のガイドが親切に案内してくれるらしい。それなら20キロ近くあるバックパックを背負って、地図の情報だけを頼りに何キロも歩いた甲斐があると言うものだ。そう、バーレーンは交通機関が恐ろしく発展していない。
中に入ると、イスラム教の白い礼服に身を包んだ、160センチほどの低い身長に不釣り合いな長い立派なヒゲを生やした男が笑顔で出迎えてくれた。彼の名前はムハンマド。イスラム圏では本当によく聞く名前だ。彼が今日ガイドをしてくれるらしい。
言われるがままに靴を脱ぎ、礼拝服に着替え、イスラム教の歴史や信念、礼拝の仕方、その意味などを学ぶ弱冠二十歳の仏教徒。そんな僕は「南無阿弥陀仏」の意味さえ知らない。礼拝の前には身体を清める為に、決まったやり方に基づいて、水で身体を流すらしい。ああ、トイレの洗面台で足を洗っている人が至る所に居たのはそういう事だったんだ。
それからも彼は、四時間近くもイスラム教についてのあれやこれやを丁寧に説明してくれた。女の人が顔を隠している理由、生活の根底にある思想、死後の世界。彼は時々僕に、仏教の場合はどうか、と尋ねてくる。僕は、頭の中のWikipediaをフル稼働させて、知っている情報を教えてあげるけど、実際は生活の中でそんな事考えた事もないと言ったらどうなるかな。
あまりに宗教が生活に、考え方に根ざしているレベルが違いすぎる。
それは、死後の世界について話し合っていた時の事だった。
「イスラム教徒は死んだら天国に行けるのさ。もちろん俺もな。」
「じゃあイスラム教徒じゃない人は?」
「お前には申し訳ないけど、アッラー以外の神は神じゃない。お前達は行けない。」
そう話す彼の顔は、本当に申し訳なさそうだった。
「天国はすごく幸せな場所さ。いつか天国に行ける日が待ち遠しいよ。」
「じゃあ死ぬのが怖く無いの?」
「怖いわけなんてあるもんか。俺はイスラム教の教えをしっかり守ってる。アッラーは絶対だから俺は間違いなく天国に行ける。だから怖くない。」
そう語る彼の目は、どこまでも真っ直ぐで、澄んでいた。自分は何も間違っちゃいない。そう信じる彼の目は、あまりにも純粋無垢だった。その自分を見つめる漆黒の瞳の奥に、スッと吸い込まれそうになる一抹の恐怖を全身でヒシヒシと感じながらも、彼の目から視線を外すことが出来なかった。
「もうそろそろ行かなくちゃ。実は朝から何も食べてないんだ。」
そんな言葉がふと口から出てきて、初めて自分が空腹を感じている事に気付く。今日は何かマックに行きたい気分。よし、ビックマックを頼もう。
外を見ると、さっきまで煌煌としていた太陽が、使い古されて空を鈍い赤色に染めていた。
「それで、お前はこれからどうする?」
「どうするって、、まず晩飯を食べて、」
「そうじゃない。お前はムスリムになるのか。アッラーを信じるのか。」
2人が絨毯の上を歩く音が、心臓の鼓動と重なって聴こえる。
僕はゆっくりと振り返って口を開いた。