2020年のベスト本|『その名を暴け: #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』
ピュリッツァー賞を受賞し、ニューヨーク大学による「この10年間のジャーナリズムの功績トップ10」に選出されたルポルタージュ『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』(ジョディ・カンター/著 、ミーガン・トゥーイー/著 、古屋美登里/訳)。
読む前はかなり身構えてました。
特にtwitterを中心として#MeTooとアンチ#MeTooがバトルを繰り広げられ、そうしたツイートを読むだけでも消耗していたからです。
フェミニズムや党派性も加わって、自分が正義だからこそ、相手を徹底的に攻撃しても構わないような言説に出遭う度に辟易させられておりました。
ところが、#MeToo運動の起爆剤となった本著のスタンスは慎重です。
さも真実であるかの言説はネットで溢れかえってます。
また、ある人にとって真実であっても、別の人からすれば真実でないこともあります。
リンゴをかじって、甘いと感じるか、酸っぱいと感じるかは人それぞれです。
100%の正義でもって、断罪することは出来ません。
とはいえ、それでも真実に近付くことがジャーナリズムの役割です。
ハーヴェイ・ワインスタインの卑劣な性的虐待は、「疑惑」であってもかなりおぞましく、スキャンダラス性に満ちたものです。
スキャンダリズムを志向するジャーナリズムであれば、一方的に報道してしまうでしょう。
日本でもそのようなニュースは、毎日のように見かけます。
しかし本著は、徹頭徹尾「公平」で貫かれています。
「疑惑」ではなく、「真実」を掴んだとしても、ワインスタイン側の意見も聞きます。
一方的に掴んだ「真実」は、正義であっても「公平」ではないからです。
もちろん、取材の過程ではバチバチの競争を行います。
本著はルポルタージュの体裁を取りながら、一級のサスペンス小説のような切り口も見せ始めます。
語弊を恐れずに言うと、敵が強ければ強いほど主人公たちがピンチになり、サスペンスが掛かります。
その意味では、ワインスタインは最強(最凶)でしょう。
このような守秘義務の契約書を無理矢理被害者と結ぶようにしていきます。
結果として、世の中に「被害」はなかったことになります。
示談金という名のお金で全て解決です。
このような「魔法」が使えるとなると、いくら罪を重ねても、罪として認められません。
ここが結果として、ワインスタインの増長をまねきます。
ワインスタインとしても、不幸であったのかもしれません。
更に「悪役のボス」たるワインスタインの周りには、強烈なパートナーが集まります。
オールレッド弁護士は、フェミニストの旗手たる弁護士としても著名なのですが。
この矛盾した有り様が、非常にアメリカ的ですね。
被害者側の女性たちを弁護するのならば分かりますが、加害者側についた方が、多くの「お金」が得られます。
ドライです。
ドライ過ぎます。
でも、それが正義なのか……?
女性のために戦わなくて良いのか……?
疑問が次から次へと湧いてきます。
更にワインスタインは、プロのスパイ集団でイスラエルの「ブラック・キューブ」も雇います。
ここまで行くと、もはや映画の世界も顔負けですね。
本著の著者であるジョディとミーガンは、よく負けなかったと思います。
合法・非合法関係なくあらゆる手段を使って、ワインスタインが記事を潰しにかかっていても、全てを跳ね除けます。
常に被害を受けた女性に寄り添い、「真実」を追求していきます。
そしてとうとう、ワインスタインとその代理人に対して、公表するつもりの告発をすべて知らせる時がきました。
ワインスタイン事件のクライマックスです。
が、あくまでも「公平」に貫かれています。
膨大な取材や調査を重ねても、一方的に報道が走ったりはしません。
そして。
既に公知の通り、結論から申し上げるとワインスタイン側は、記事を止めることが出来ませんでした。
同時に、全世界にインパクトを与えた#MeToo運動もここから始まります。
著者たちの想像を超えた展開に発展します。
政界にも飛び火し、トランプの足元にも火がつきます。
奇しくもワインスタインと全く同じ手口です。
秘密保持契約→示談金→事件はなかったことに。
更にメディアを使って、悪いネタはもみ消したりも行ったりもしています。
一方、#MeToo運動はあまりにも大きく、性急さを増していきます。
そうした最中、最高裁判事に就任しようとするカバノー判事の高校生時代に起きたとされる、性的暴行疑惑が持ち上がります。
方や被害者側の代理人弁護士は、以下のように語ります。
もし被害女性の訴えが真実であれば、高校時代にしでかしたことも裁かれなければいけないのでしょうか?
真実であったとしても、法的にはとっくに時効です。
何が正義なのかは、それぞれの置かれた立場や考え方、生き方にも左右されます。
本著の中でも明確な答えは書かれていません。
これは読者の方で考えていかねばならない問題だからです。
しかし前提として、、、
これに尽きるかと……!