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『短編小説のレシピ』(著:阿刀田高)における創作のヒント

阿刀田高さんの『短編小説のレシピ』を読み終えました。

決して単なる技術本ではないのですが、向田邦子、芥川龍之介、松本清張、中島敦、新田次郎、志賀直哉、ロアルド・ダール、エドガー・アラン・ポー、夏目漱石、そして最後の阿刀田高さんご自身を含めた10人の作家たちの、短編小説における「ヒント」について解説されています。

阿刀田さん自身、短編の名手なので、至るところで目の付け所で鋭さを感じます。

また短編小説の魅力を以下のように語られています。

「短編小説は全体として、いろいろな考え、いろいろな好み、いろいろなストーリーを多彩に繰り広げてくれる。文学への入門にもなりうる。短編小説を負担少なく読むことにより私たちは、いろいろな考え、いろいろな好み、いろいろなストーリーを理解し、豊かな想像力を養うことができる」

それでは各作家についてポイントをピックアップしていきます。

向田邦子

「特に向田邦子だけに言えることではないけれど」という注釈付きではありますが、
「日常の中の特異をほんの少し意地のわるい目で見つけ出し、鮮やかに表現する」
といった点が短編作法の手本と看破しています。
向田邦子さん自身、脚本家としても著名ではありますが、日常に潜むちょっとした「毒気」が作家としての特徴でしたね。

芥川龍之介

教科書にも掲載されている『トロッコ』の最後。

「良平は二十六の年、妻子さいしと一しょに東京へ出て来た。今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆しゅふでを握っている。が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。全然何の理由もないのに?――塵労じんろうに疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………」

この何とも言えない読後感あるラストを、阿刀田さんは「盗めるかもしれないぞ」と思い、自身の作品に応用されました。
印象に残る表現・創作は、自分の中でストックしておくと「いつか使える武器」になりますね。

松本清張

松本清張さんの「黒地の絵」で、「ショックはクリエーションに直結している」と阿刀田さんは清張さんの書く動機に心をはせています。
同じ作家同士、分かるところがあるのでしょう。

朝鮮戦争のさなか、米軍黒人兵の集団脱走事件の起った基地小倉を舞台に、妻を犯された男のすさまじいまでの復讐を描く「黒地の絵」

なお「この作品は黒人を誹謗することになりませんか」と読者からの問には、、、

「ある時代の中での歴史的事実を、人間の真実を描くとなれば、こうしたなまなましさも必要となるだろう。怯んではならないときも多い」
……と、阿刀田さんは答えられました。
ポリコレなど、文学や創作活動でも「配慮」が求められる時代ではありますが、一方で作家のクリエーションも大切ですね。

中島敦

短編集『古譚』に収録されている「狐憑」「木乃伊」「山月記」「文字禍」を読み、「あんな小説を書いてみたい」と啓発され、阿刀田さんは手本にもされたそうです。
それぞれの卓越した部分を解説されています。

知的な寓話とはどういうものか、どう綴ればよいのか、道ばたに残された種子を咲かせることができる。中島敦の短編をつぶさに見ることにより、この先に咲くでもあろう草花が少し見えてくるはずである。

新田次郎

柳田国男さんの『遠野物語』から着想を得た「寒戸の婆」。
「小説家の工房は秘密の世界だ」
想像をたくまくして、新田次郎さんの創作のプロセスを阿刀田さんが綴っています。
作家による別作家の追体験という稀有な経験が得られます。

志賀直哉

小説の神様・志賀直哉さん。
「小説家の企みとして、自分の記憶をもう一度小説という形で生き直しているようなところがある」
と、阿刀田さんは看破しています。
「城の崎にて」などについて、志賀直哉さんがどう考えて執筆していったのかを新田次郎編と同様、追体験させてくれます。

ロアルド・ダール

「この性格は、どんな状況のときに、もっとも激しく表れるだろうか」
「ほんの少し過度の状態を設定し、想像の網をかけて思いがけない結末へと導く。このあたりに短編小説を創るヒントが潜んでいる」

とのこと。
ダールの短編小説「天国への登り道」を引き合いに出しながら、阿刀田さんは説きます。

小説家の工房の秘密を探れば、なんらかの形で先達の作品をまねているケースがあるのは本当だ。
節度を守りながらまねるというのもひとつの創造である。模倣と無縁の芸術はありえない。まねながら、どこに、どれだけオリジナリティを発揮するか、むしろそこに才能の有無が関わる。

エドガー・アラン・ポー

「小説の方法としては、実際に奇景を見るに越したことはないけれど、わずかな手がかりから大きなイマジネーションを描くのも大切である」

……とのことで、ポーの『メエルシュトレエムの底へ』のような手法で書かれた阿刀田さんの『瑠璃色の底』も紹介されています。
作家がどのような点にインスパイアされるのかが端的に書かれています。

夏目漱石

「実際に見る夢よりも、明瞭な理性で自分が見るであろう夢を思い描くほうが創作のうえでは役に立つ」

夏目漱石さんの『夢十夜』を引き合いに出しながら、寓意性に満ちた創作について語られています。
夢は「そのもの」だと創作に直結はしませんが、「夢を思い描く」ことは大切ですね。

阿刀田高

最後の作家は、ご自身でご自身を解説🤣

「どんでん返しはただひっくり返ればそれでいいというものではあるまい。大きくひっくり返って読者を驚かすことだけが第一義ではない。
どんでん返しの美学は、ひっくり返ったとたんに……そう、一条の光が射し込む、その光の中に、それまでに見えなかったもうひとつの人生が、もうひとつの人間性が鮮烈に映る、そこにこそあるのではないのか」

といったように短編小説における「どんでん返し」を丁寧に論じています。
その着眼点や例示する作品等、やっぱり名手だなと思います。


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