はじめよう加賀ゆびぬき(10個作って気づいた点メモ)
始めよう加賀ゆびぬき
加賀ゆびぬき、いいよね…
土台となる輪っかの表面を絹糸でチクチクとかがって覆った工芸品、加賀ゆびぬき。
幾何学的な模様から感じる理屈っぽさや、絹糸の光沢、そして何よりその小さなサイズのかわいらしさから、長らく興味は持っていた加賀ゆびぬき。
やってみたい事を先延ばしにしている場合ではないぞと思い切って挑戦してみました。
手を付けた最初の0個目はかなり厳しい結果だったものの、徐々に出来栄えを改善しつつ10個作りきったのを区切りに、思いついたこと気がついたこと等のメモをまとめたものがこの文章です。
完璧に正確な仕上がりでなくとも、自分でかがって作り上げる楽しさは格別なものですし、あなたも作ろう加賀ゆびぬき!
このメモは
・参考にした本と実際に使った道具に付いての感想
・行き詰まった点と解消するためにした事
が主な内容で、
加賀ゆびぬきに興味はあるが、始めるにあたってなにか参考資料がほしい方の助けになればと思います。
作り始めるまで
いちばん効果的な始め方は、間違いなく教室に通うことです。
手を動かす速度や向きといった重要情報が文字情報からは得られませんし、不明点を先達に質問する事もできます。同好の仲間が見つかるのも魅力でしょう。
情報源
事情があって叶わない場合は、
クチュリエブログ 美しい伝統工芸 ~加賀ゆびぬきの作り方(https://www.felissimo.co.jp/couturier/blog/categorylist/embroidery/post-9433/)
このようなWeb記事や、各種の書籍で作り方を調べることになるのですが、私はひとまず下に示す3冊の書籍に頼ることにしました。たまたま地域の図書館に蔵書されていたという理由で選びましたが、後にA,Cの2冊は購入しています。
A: 大西由紀子 著『はじめての加賀ゆびぬき 1本の糸から生まれる美しい模様135点』(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784416623039) 私が読んだのは第1版。2023年2月に第2版がでました
B: 加賀ゆびぬき結の会 石井康子 著『四季を彩る 加賀のゆびぬき』(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784579114863) やや入手難に思える
C: 寺島綾子 著『愛らしい加賀のゆびぬき 』(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784537214512)
最初に1冊選ぶのであれば、入門書としての性格が強いAの『はじめての加賀ゆびぬき』をおすすめします。
3冊の比較やそれぞれの感想に付いては
加賀ゆびぬきについての本を3冊読んでの比較感想 https://note.com/coda66/n/n95a16545cd1b
にやや詳しく書きました。
作り始める
キットを入手しよう
なんだかんだで細々と多種の材料が必要ですから、最初はキットの類に頼るのが確実でしょう。
私はオリヅルの3色うろこキット(https://kanagawa-online.shop-pro.jp/?pid=128646609)を買い、フェリシモのキット(https://www.felissimo.co.jp/shopping/I180742/I280748/GCD444860/)をひとつ譲ってもらいました。
最初の1つとしては、様々なメーカー/お店から販売されている土台の付いたキットをおすすめします。付属の土台は参照先として取っておくのがよいでしょう。
フェリシモのキットは2つ目以降には良いと思いますが、完成した土台が含まれていないという点で最初の1つには向かないと考えます。
作業環境、照明、拡大鏡
最初は道具を必要以上に散らかしがちですので、十分に広いスペースと照明を確保しましょう。そのうち自分のペースを掴み、必要最小限がわかってきます。
そして何よりも重要なのは拡大鏡の類です。この点はどれほど強調してもし過ぎという事はありません。視力の低下は道具でかなりの程度おぎなえます。
土台
当初からリップクリームの容器を芯にバイアステープ/ケント紙を巻き付けて土台を作っています。
慣れるまでは同時に多くの要素を変更せず練習を繰り返すのが有効ですから、土台はいつも同じように作った物を使うようにしました。
加賀ゆびぬきを作るにあたって、最初に困ったのは土台でした。
芯に巻きつけるバイアステープのテンションがゆるすぎて、かがる度に天面の布が外にずれるのです。
どの説明にもバイアステープには適度な緩みがある方が良いとあるのですが、具体的にどの程度の余裕が望ましいのかわかりません。
というわけで、参照先として最初に1つ土台を買う事をおすすめします。
土台単体でもよいですし、土台を含むキットでもよいでしょう。
結局は数を作る中で自分の手にあった張りを模索していく必要がありますが、原器があると安心感が違います。
ちなみに私はギッチギチに張った物から少しずつ緩めたものを段階的に作って試すという手間のかかる方法で、未だに適正テンションを探っています。
バイアステープ
色柄にこだわりがなければ、初手は加賀てまり毬屋のバイアステープ12色セット(https://kagatemari.com/SHOP/bias12colorsset.html)を選べば間違いがありません。
専門店が選んだ品物という時点で信頼できるのですが
・土台80個分程度の分量
・ポリエステルを含む柔軟な素材
・現場で選びぬかれた12色
と美点だらけです。これに決めましょう。
芯の幅が11ミリであれば、12.7ミリ幅(どうして1/2インチなんでしょうね)のバイアステープから好みの色を選んで使えます。
気に入った布からテープを自作する方も多くおられますが、私はそこまで気を回す余裕がまだありません。
真綿
本体に丸みをもたせつつ糸を固定する台にするわけですが、まとまりの良さや繊維の絡み合い具合から考えて真綿より優れた材料はそうそう見つからない気がします。
手作業で製造されている方に感謝しつつ真綿を使いましょう。
一般財団法人 日本真綿協会 真綿の作り方 角真綿(http://mawata.or.jp/world/howtomake/square)
針
針はキットを買えば使う色数分の本数が付属しているかと思います。
私は最初にフェリシモのキット付属の針を使い、後に好奇心から日本の刺繍針(めぼそ針 四ノ三 https://www.meboso.co.jp/?pid=143307854)を試しました。
今はめぼそ針を金属磨きペーストで少し磨いて使用しています。
フェリシモのキット付属針と比べてかがる際の抵抗が小さいからです。
針の比較
それぞれF,Mとします。
F,Mの目立つ差異は、断面型、先端(太さ0)から最大径になるまでの形と熱処理、そして表面の仕上げです。
Fは断面が丸く、全長36ミリほどのうち先端から最大径になる地点までの長さは6ミリほど。最大径の部分が長いからなのか熱処理の具合なのか、きちんと全体が硬くあまりしならない。
Mの断面は角の落ちた四角形。最大径になるまでの長さは全長39ミリに対して20ミリほど。直径と熱処理の影響なのか、中間部が適度にしなるため無理な力への抵抗力が高そう。
Fはステンレス製で表面はよく磨かれてなめらか。
おろしたてのMはなめらかな表面だが、使っているうちに酸化が起きて青黒くザラザラしてくる。また大きな特徴として長手方向に細かい傷が数多く付けられている。
かなり多くの回数かがることを要求される関係上、針を通す際の抵抗は小さいほうが望ましいでしょう。
そのために針は短く細く、滑らかな表面が要求されます。
長さに関しては、各自で快適に使える範囲から選ぶものなので考慮外とします。
直径は使う糸のサイズに規定されるため選ぶ余地はありませんが、先端から最大径に至る太さの変化によって抵抗の大きさに違いが出ます。
最大径になっている部分が長ければ長いほど抵抗が大きくなるわけです。
結論から言いますと、私はMの表面を金属磨きペーストで磨いて使用しています。
Mの針は最大径未満の部分が全長の半分以上を占めるため、太さの点で西洋針に対して有利です。
問題は表面の滑らかさですが、恐らくは酸化膜のせいでやや粗くなっています。また表面を拡大してみると粒径10から15マイクロメートル程度の研磨剤で付けたような傷が長手方向に伸びています。
溝があることによって針の滑りがよくなるという説明がある(例: https://www.meboso.co.jp/?mode=cate&cbid=2520938&csid=0)のですが、溝による表面積の減少はごくわずかであり抵抗が大きく減るとも思えません。ただ、ねじる動きをした際には、溝がない場合と比べて抵抗が大きくなるだろうとは予想できます。この抵抗の差によって正しい運針に矯正される/正しい運針の時に抵抗が一番小さくなる、というのが「滑りの良さ」の正体ではないかと今の時点では考えています。が、人間の感覚というのは非常に鋭いものですし、数%の表面積の減少を感じ取れる人が多くいたのかもしれません。
余談ですが、私はこの長手方向の傷を無意味なものだとは考えていません。説明の厄介なところではあるのですが、伝統工芸というのは過去へのよすがを失うわけにはいかないからです。
さて、いわゆる金属磨き(粒径3マイクロメートル程度)を付けた布で針を磨くと、本体より柔らかい表面の酸化膜はさっさと落ちて地金の強い金属光沢がでます。このフレッシュな鉄の地肌が持続される期間は長くないので、つまんだ時の感触がざらついてきたと感じたら磨き直すようにしているのですがこれはかなり面倒。効果はたしかにあるんですけどねえ。
ペーストに含まれる脂分をきちんと落とす手間はありますが、抵抗が劇的に低下するのは気持ちのいいものです。
弊害としては、表面がなめらかになりすぎることでつまんだ際に滑りやすくなります。
あまりツルツルだと終端処理の際に困る事、針穴にペーストが入ると落とすのが困難な事から、磨く範囲は先端から2/3程度に止めるようにしています。
Fの針は表面がなめらかな上に酸化もせず、優れた工業製品です。
ぬるっと刺さる最初の手応えは軽いのですが、プロポーションのまずさですぐに重くなってしまうのは残念ですね。
ところで針というものは、布を構成する繊維に突き刺さる事があるのだと思っていましたがさにあらず。繊維が組まれて井桁になった真ん中を探るための道具だったんですね。認識が改まった点です。
糸
オリヅル(https://kanagawa-online.shop-pro.jp/?pid=127408057)と都羽根(http://www.daikoku-ito.co.jp/kateishi/detail1_1.html)の製品を使っています。他のメーカーはたまたま入手機会がないだけで、今後いろいろ試したいと思っています。
オリヅルは彩度の高い色が揃っており、手触りがふかふかしている印象。また80メートル巻きでの販売がありますね。
都羽根は全般に落ち着いた色合いで、オリヅルと比べて糸自体がわずかに細いです。こちらは40メートル巻のみ。
品質はどちらにも不満がありません。微妙な太さの違いがあったりするものの、使い心地に大きな違いは感じ取れませんし、好きな色の糸をどんどん集めるのが良いと思います。
私はオリヅルの21や都羽根の刈安(218)あたりが好きだな。
おわりに
メモらしく雑多な内容ですが、ひとまずこれでおしまいです。
何かメモ内容の間違いや重大な発見があれば追記するかもしれません。
加賀ゆびぬきを各自で作ってみるのがいちばんですが、様々な方が発表している作品を眺めるのも楽しいですね。
例えばこの方(加賀ゆびぬき〜能登の染め色〜@itohana https://twitter.com/itohana_noto) が公開しておられる写真をチラと見るだけでも伝わる良さ。土台のバイアステープの処理も、端を重ねるのではなく端部を縫って縫い目で広げる手法が読み取れます。これ挑戦したけどうまくいかなかったんだよな。コツを尋ねてみたいものです。
この方(森本道恵@morimo_yubinuki https://twitter.com/morimo_yubinuki)の手のきまり具合の素晴らしさだとか、びっくりするような技術を身に着けた人が多く活躍されていて素晴らしいことです。