ゆく夏に穿つ 1
プロローグ <告白>
その夜の南大沢警察署は、悪質な飲酒運転の取り締まり対応に追われたものの、取り立てて大きな事件も起こらずに一日の業務を終えようとしていた。
加えてその年は長梅雨ということもあり、軽微な物損事故を起こす車も多発していた。
南大沢は警視庁の管轄とはいえ、八王子市南部に位置する比較的閑静な土地に警察署を構えている。
今日も明日も、大きな事件や事故は起きない。
何が起きたところで、所詮は他人事なのだ。この街に暮らす人の多くは、そうした意識に疑義を唱える余地も持たず、日々を送っている。
しかし、「非日常」という亡霊は、夕立のように突如として立ち現れるのだ。
制服姿の少年が、傘もささずにびしょ濡れのまま、南大沢署の玄関に姿を見せたのは、午後十一時を過ぎた頃だった。
警備にあたっていた警察官が、不審に思って少年に声をかける。
「君。こんな時間にどうしたんだ」
少年は俯いたまま、こぶしをギュッと握って、か細い声でこう呟いた。
「僕は……しました」
「えっ?」
「人を、殺しました」
よくぞここまで辿りついてくれた。嬉しいです。