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自分を責めがちな人に気づいて欲しい気持ちのこと
クライエントさんの中には、できないことへの情けなさ、無力感、虚しさを感じて、自分を責め、叱責してしまう人が少なくない。
そうゆう私も、そのひとりだった。
注意されれば、怒られれば、『全て私が悪かった』ことで事をおさめてきた。
・・・そのつもりだった。
我慢をすれば、全てを時間が解決してくれて、
その時に感じた痛みを忘れられると思っていたのだ。
でも、そんなはずはなく、心にだって傷はつき、傷は傷のまま残る。
転んで体についた傷には、絆創膏をはって傷をふさぐ。
応急処置をしただけで、処置が違ったり、放っておくと悪化する可能性もあるけれど、体にできた傷なら目に見える分、よくならなさそうな時は病院に行く事を考えることができる。
でも、心の傷は目に見えない分厄介だ。
不思議なことに人間には
「これくらいなら大丈夫」
「これくらいなら大したことない」
と自分を奮い立たせることができるチカラが備わっていて、そのチカラは良くも悪くも
“我慢”とゆう形で心の傷をふさげてしまえるのだから。
傷をふさぐことだけを考えれば、
体についた傷も、心についた傷も同じように手当てをしているように感じる。
でも、心の傷は“我慢”でふさいだだけでは癒されない。
蓋をしただけで傷が癒えなければ、痛みがくすぶりはじめる。
もし、このお話を読んで思い当たることがあるのなら、
“これくらい”ではなくて、
「怖いけど」
「イヤだけど」
「つらいけど」
などの言葉に言い換えてみて欲しい。
そうすることで、自分の心についた傷が癒されるのを時間だけに頼らず、我慢として抱えている自分の気持ちに気づくきっかけになるから。
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