【感想録】47都道府県 女ひとりで行ってみよう~益田ミリさんの世界~
どこか遠くに行ってしまいたい…
と思っていたときに東京駅構内の本屋さんで、益田ミリさんのWEB連載をまとめた文庫本に出会いました。
ひとつひとつの県を、通り道だからついでに寄るのではなく、旅の目的地として訪れる。
行く前にガイドブックを見たけれど、お目当ての場所に行けなかったり。
現地で出会った、現地の日常を体験してみたり。
わざわざ訪れた先に、どこでもできるような過ごし方をしたり。
ここまで立ち読みして、なんだか疲れた心が癒される本と感じて、その場で購入した。
東京駅からどこかに行ってしまいたい気持ちから手に取ったこの本は、益田ミリさんの心に残る1文が散りばめられた、現実逃避をしたあとに現実に戻ってこれる癒やし本でした。
わくわくするような体験、気になる1文、心に残ることばに溢れた1冊なので、私のツボを押された、福島県のページについて記します。
20 福島県(1泊2日)
ちょっと聞けずに諦める
会津若松駅でSLがやってくるのを見て
乗ってみたいなぁ。
と思うのだけど、どうやったら乗れるのか気後れして駅員さんに聞けずにあきらめる益田ミリさん。
小さな勇気を
無理して使わなくてもいいのかもしれない
失敗したことよりも、挑戦しなかったことが非難される『やらなかった後悔は一生つづく』
『聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥』
そんな教育のもとで育ち、そんな社会で暮らしていると、なんだか常に前に前にと背なかを押され続けているような、止まることや戻ること、辞めることが選択肢から消えているような心の窮屈さがある。
勇気を出すことの恩恵が声高にうたわれて、称賛されている世界は、なんだか本人の自由を奪っているという点で優しくない気がするし、みんな同じ行動を選ぶようになるというところにつまらなさがあるのかもしれない。
小さな勇気を無理して使わなくてもいい
というカードが心にあることで、
時間が経てばたいしたことない
かもしれないけれど、勇気を出してやらずにはいられないという行動がうまれたり、
ここでは無理せずこのまま穏やかに過ごそうと、「やれなかった」ではなくて「やらなかった」と自分を認めてあげられたりすることがあるように思った。
あがる人とおりる人が会わない『さざえ堂』
鶴ヶ城の近くにある、貝のさざえみたいな渦巻きのお堂『さざえ堂』までレンタル自転車で訪れた益田ミリさん。
小さい建物なのに珍しく一方通行の構造がとられており、あがる人とおりる人が絶対に会えないしくみになっている。
電車の窓から景色を眺めているときや、マンションの灯りがところどころ灯っているのをみたときに、私は途方もない気持ちになる。
電車から見える家のひとつひとつ、マンションの灯りひとつごとに、同じ屋根の下で暮らす「家族」がいて、道行く人やクルマ、同じ車両にいる一人一人がそれぞれ「どこか」へ向かっている。
その人にとっては、当然で当たり前、繰り返しの每日が、これからもきっと交わらないだろうこと、交わっていても気づいていないこと、忘れていること。もしかしたら、知っている誰かが今日見た景色のどこかにうつっていたかもしれないこと。
自分を上からうつしたカメラが、宇宙にむかって1歩下がって自分の周りの世界がうつって、どんどん下がってどんどん広くうつすほどに、自分が豆粒、米粒、点と小さくなっていく映像が頭に浮かぶ。
寂しいとか哀しいとか、こわいとか、そういう気持ちが含まれているのかもしれないが、なんだか身近に無限を感じて、途方もない気持ちになってしまう。
福島県まで行ってさざえ堂を歩いてみて、自分の日常を思う、
すごく近くにいるのに知り合うこともない人
の1文から益田ミリさんがみる世界を感じた。
手紙は清書したくない
会津若松の近くの東山温泉の旅館で、文豪気分で手紙を書こう!と思っていたのに、何軒かの旅館に電話したところ「おひとりさまは、ちょっと」と断られてしまい、ビジネスホテルの小さな机で、仕事でお世話になった人や友人、知人に手紙を書くことにした益田ミリさん。
私は、日常の大切なものに気がつく非日常が好きだ。
大好きなドラマ おいハンサム!! シーズン1 第7話では、三姉妹の父である吉田鋼太郎さん演じる源太郎が
『失ってから大切だったと気づく。
そういう悲しい思いを娘たちにはしてほしくないんです。』
という、セリフがある。同じ話のなかで、商店街の中華料理屋の最終営業日に列をつくるお客さんが
「この店がなくなるのは残念」という思いをそれぞれが話しているのが聞こえてきた源太郎が
『そんなに好きなんだったら、日頃から無理してでも行かないと!』
と思わず叫ぶシーンも描かれる。
(おいハンサム!!については想いが溢れるのでまた改めて書きたいと思います。)
卒業が近づいて、なんでもない、いつまでも続くような気がしている日々を懐かしく思ったり、もっと幸せを噛み締めていたら良かったと思ったり。
会えなくなった人を恋しがったり。
何度別れを経験しても、今あるものが「いつまでも続いてほしい」と思っているうちに、「いつまでも続いていく」と思ってしまうものなのかもしれません。
そんな私は、旅という非日常のなかで、改めて手紙を書いて送る、益田ミリさんを素敵だなと憧れる。
そして、
手紙は清書したくない
という1文から、益田ミリさんにとっては、そのときの相手への思いをそのまま届けるものが手紙なのだなと思った。
私は手紙を書くこと、気持ちを伝えることが好きなので、便せんに手紙を書いたり、長いメッセージを送ったりすることが多いのだけれども、何度も書き直して清書をしてから相手に送っている。
LINEでも自分だけのグループラインに下書きして送ってみてから修正を重ねている。
私にとっては、書いては消して、消しては書いてをする相手のことを考える時間が手紙なのかもしれない。
ひっそりしてるけど面白い 高山金山
会津若松からの帰り道に、トロッコに乗って金山を見学できる、とガイドブックに書いてあった、高山金山に寄ることにした益田ミリさん。
高山金山について、どんよりと演歌が流れてうらぶれている事務所でお金を払って、トロッコ乗り場に行き、15人ぐらいのお客さんといっしょに、トロッコで700メートルほど坑道を進む。案内してくれるおじさんの説明も面白く、観光地として充分、と益田ミリさんは思ったことが書かれている。
『僕の姉ちゃん』の原作も読んで、ドラマも見て、益田ミリさんの鋭いツッコミと、寄り添う言葉、ほんとに?と思うかわいい名言が好きな私は、旅行先で益田ミリさんが感じたことに笑ってしまう。
ツッコミのあとには、深いことばがつづく…
益田ミリさんは「観光地」について書いているのに、なんだか「人」に重ねてしまった。
初めて会った人や、仕事のように限られた場面でのみ会う人、面接や面談のように評価されるとき、時分がどういう人だと思われるのか、相手をどんな方だと理解するのかは、
センスが問われるところである。
どのエピソードを話す
どんな質問をする
聞くときの姿勢や表情
どんな服で何をしているときに会う
その人がどんな人かについて断片的な情報で一時的な姿、他の人がどう受け取ったかの補足で切ることがほとんどで正しい理解はないはずなのに、
なんでか相手のことを分かったつもりになったり、それにすら気づかずに「優しい」など抽象的なことばにしてしまったりする。
今まではそれが悪いこと、烏滸がましいこととばかり思っていたけれども、センスがの問題と思うと、仕方ないことと、気持ちが楽になる感じがした。
47都道府県のうち福島県のページに絞って、本書の魅力を紹介しました。
47都道府県女ひとりで行ってみよう
益田ミリさんの作品が好きな方、
旅することを楽しめる方、
短いエピソード集を少しずつ読み進めたい方、
そして、
どこか遠くに行ってしまいたい…方には、
楽しんでもらえるかなと思う、
お気に入りの1冊です!
同じ大学を卒業して別々の企業で働くふたりが
Coco と Rakuとして匿名で綴るブログ📝
社会人7年目。
転職したり結婚したり、悩みながら歩んでいます🌱
読んでくれた方のこころをらくにできますように。