草原が広がる山、雲月山
雲月山(911m)は広島と島根の県境に位置する。1950年代までは、採草や放牧の場所として、地元集落の人達が日常的に利用し、管理してきた。芸北の人に聞くと、草の利用だけではなく、夏にはパラソルが点々と並び、牛が放牧されている様子を眺めたりもしたそうだ。今も山頂近くの岩陰には、古いビール瓶が転がっていたりもする。ハイキングに関してはおもしろい話が残っている。山頂ではいくら酒を飲んでも酔っ払わないのに、山を降りるととたんに酔い場が回ったそうだ。そんな話が残るほど、遊びに来る人にとっても馴染みぶかい場所だったということだろう。
山焼き
雲月山を特徴付けるのは山焼きだ。放牧や採草に適した若い草を生やすには、古い枯れ草を取り除くとともに、影をつくる樹木の侵入を抑止する必要がある。草が芽吹く前、春の山に火を放つ山焼きは、とても合理的な方法と言える。熊本県の阿蘇地方、山口県の秋吉台、静岡県の御殿場など、今も草原を使っている場所では山焼きの文化が残っている。
ホットスポット
同時に、山焼きが行われているこれらの草原は生物多様性のホットスポットでもある。たとえば雲月山には、わずか約50ヘクタールの草原に330種もの維管束植物が生育している。広島県全体で見られる2,928種の11%に相当し、種の密度では広島県平均の1,911倍にもなる。一方で、草原そのものが消滅の危機に瀕しているため、中国5県のレッドデータブックに記載されている植物(1,254種)には、草原に生育する種が272種(21.7%)も含まれている。
草原の減少
農機具が普及して牛を飼わなくなると、草も草原も必要無くなった。雲月山では1950年代頃に山焼きが途絶えたと言われている。その後は何度か散発的に行われたし、1991年には観光行事として企画され山焼きが再開したものの、1996年を最後に山焼きが途絶えた。当時を知る人は、山焼きは、多くの部署との調整が必要な上、雨が降れば実施できないので、観光行事として行うにはリスクが大きかったと語る。
珍しい、山焼きの再会
日本全体を見ても、山焼きはなくなったり、農業利用との結び付きが無い地域行事になったりした。中国地方で山焼きが残っているのは、蒜山(岡山県真庭市)、三瓶山(島根県大田市)、深入山(広島県安芸太田町)、そして秋吉台(山口県美祢市)のわずか4地域のみだ。2度も途絶えた山焼きが再開した例は、全国的に見ても珍しい。さらに、2度の山焼き再開は、地域と草原との関係性を変えつつある。