中国インターネット企業の日本進出(後編)
先日、中国インターネット企業の日本進出の前編を書きました。その記事で、Kingsoft、Baidu、NetEase、そしてHappy Elementsという四つの代表的な中国インターネット企業の日本進出の物語を述べました。今回は、後編ということで、前回の4社を遥かに超えた成功を短期間に収めた中国発アプリのTikTok日本版の物語の後に、俯瞰的な視点から日本市場に進出してきた中国インターネット企業の成功要素と失敗原因を深掘りしていきます。今回も中国の有名経済ニュースアプリの「虎嗅」(フーシュー)の編集部の特集の一部を参考しました(リンクは最後に貼ってあります)
TikTok日本版
TikTokにとっての最初の海外版のTikTok日本版は2017年8月にリリースされました。中国でリリースされてから1年も立っていなかったことを考えたら、相当早い時期だったと分かります。当時、TikTokの運営会社のByteDanceの創業者CEOの張氏はこう言いました「中国のインターネット人口は世界のインターネット人口の1/5しか占めていません。グローバルでコンテンツとユーザーを獲得しなければ、本当の規模の経済(Economy of Scale)が活かせません。本当のグローバルのプロダクトとも言えません。そのため、海外進出は必須です。」張氏はさらに「今後、会社のユーザーの半分以上を海外ユーザーにする」という野心的な計画を示しました。
簡単にTikTok日本版を紹介します。アプリの言語が日本語で、そこで表示されているコンテンツが日本にいるユーザーが投稿したものです。一方、UIのデザインや使い方は、基本中国版とは差がありません。アプリを開いたら、AIがユーザーの過去の嗜好に基づいてお勧めするショートビデオが表示されます。ユーザーはつい夢中になって、知らないうちに、広告も含めて、数十個ものショートビデオを見てしまいます。見るだけではなく、ユーザーが15秒以内のショートビデオを撮影し、アプリ内でBGMや特殊効果などを追加し、手軽に編集した後に投稿するという機能もあります。
TikTok日本版はリリースしてから間も無くApp Storeのダウンロードランキングのトップになり、女子高校生を始め、日本人の若者の間でブームになりました。今では既にLine、Twitter、Instagram、YouTube、Facebookと肩を並べるような最もよく使われているSNSになっています。なぜ、中国発のアプリが短期間でそんなに大流行したのでしょうか。TikTok日本版の成功要素を4つにまとめてみました。これから一つずつ解説していきます。
成功要素 #1
一番目の成功要素は、「統一されたプロダクト、プラス、ローカライズされたコンテンツとマーケティング」という仕組みです。TikTok日本版の開発は全部中国で行われます。アプリのUIなどにおいても、日本版は中国版ともほぼ同じです。唯一違うところは、アプリにあるボタンなどの翻訳ぐらいです。TikTok中国版(厳密に言えば、中国でのアプリ名がTikTokではなく、「抖音」 です)を使ったことがある人なら、TikTok日本版を全く問題なく使えるはずです。
実は、日本のユーザーが世界の他の国のユーザーと嗜好が違うとよく言われていますが、少なくてもSNSアプリの領域を見ると、その点を無視しても特に問題がなさそうです。Facebook日本版、Twitter日本版、そしてInstagram日本版などの日本の国民的なSNSアプリのUIは、言語の部分以外、基本アメリカ版とも同じです。TikTok日本版もまさにその路線で日本で展開しています。
TikTok日本版のアプリ自体が中国版と同じ仕組みですが、その中のコンテンツを完全に日本向けにしています。つまり、中国版にあるショートビデオをそのまま日本版に移すのではなく、日本版のユーザーが作成したものだけを日本版で表示させるのです。ショートビデオだけではなく、音楽(ユーザーがビデオを作成する時に選べるBCM)やビデオ内に入れられるステッカーも日本版のために新たに制作したり、取得したりしました。
いうまでもなく、アプリの運営やマーケティング、例えば期間限定のイベントや人気投稿者への支援プログラムにおいて、日本版は完全に中国版から独立しており、日本市場に合わせて行なっています。実は、現在TikTok日本版のチームには300人のスタッフがいて、その半分以上は日本市場の運営とマーケティングに携わっているようです。
成功要素 #2
二番目の成功要素は、タイミングです。NetEaseが「荒野行動」を日本でリリースした時にも似ていますが、TikTokが日本にリリースされた時点で、日本には類似するアプリがありませんでした。当時、日本人ユーザーにとって、動画投稿アプリといえば、主にYouTubeやニコニコ動画などでした。敢えて新興勢力の動画アプリをあげると、ShowroomやLiveMeなようなライブストリーミングアプリぐらいでした。ライブストリーミングアプリのビジネスモデルは既に中国やアメリカで証明されていたので、そのマーケットに参入しようとするプレイヤーがあちこち見かけられました。それと対照に、TikTokのような15秒のショートビデオアプリマーケットはまだありませんでした。つまり、日本市場はブルーオーシャン状態でした。そのため、リスクも大きかったですが、2017年のTikTok日本版は、一社独占の状態で、日本でショートビデオ市場を開拓しようとしました。
2018年に入ってから、TikTokの強大な集客力や収益性が証明され、中国インターネット業界で注目されるようになり始めました。TencentやBaiduなどの超大手も、自社のショートビデオアプリをリリースしたり、投資先のアプリを支援したりして、このマーケットに参入し、TikTokと中国で真っ向から戦おうとしました。TikTokは生き馬の目を抜くような状況でそれらの脅威に構え、挑戦者たちに対抗しなければなりませんでした。しかし、日本市場において、今でも日本企業にせよ、アメリカ企業にせよ、中国企業にせよ、有力なチャレンジャーが現れておらず、TikTok日本版の独占状態が続いています。その理由は何でしょうか。あくまでも私の推測ですが、日本人ユーザーがやはりアプリに対する「愛着」が強いと思います。一旦「OOOアプリがあるジャンルの代表的なアプリだ」という考えが植え付けられたら、非常に変えにくいというわけです。その点から、早い段階で日本市場に進出するという「タイミングの大事さ」が伺えます。
成功要素 #3
三番目の成功要素は、インフルエンサーや有名人を採用する際の戦略です。この点において、特に重要なのはまず有名な芸能人、それからインフルエンサーという順番です。
TikTokは最初に日本に上陸した頃、全く知名度がなかったので、どうすれば日本人ユーザーを獲得するかに腐心しました。実際に実施したのは、コツコツ宣伝し、一般ユーザーの間に徐々に広げていくということではなく、「大枚をはたいて有名人に使ってもらう」という戦術でした。具体的に、数人のある程度有名な芸能人にTikTokでショートビデオを作ってもらって、アプリ内に投稿してもらうという方法を採用しました。なぜこの戦術を選んだかというと、おそらく日本人は集団行動が好きで、ある程度信頼できる芸能人が使ったものだったら、自分も使ってみたくなる、という理由だと感じます。TikTokのような顔が映ることが基本であるアプリがなおさらそうでしょう。もう一つの理由としては、TikTokは最初に少人数の部隊で日本事業を展開したので、コツコツインフルエンサ一人一人にアプローチすることが困難だったからだと思われています。それより、限られたリソースを絞られたところに集中し、これで何らかの突破口を見つけるという戦術の方が良いとTikTokが判断したのでしょう。ちなみに、TikTok日本版が最初に説得できた芸能人は女優の木下優樹菜さんだったそうです。
結果から見ますと、TikTokの方法が功を奏して、芸能人たちの面白いビデオに惹かれ、利用し始めた一般人ユーザーが増えるようになりました。その時点から、TikTokが「一般人以上、芸能人未満」のインフルエンサーを獲得し始めました。インフルエンさーといっても、TikTokは、主に人気のある女子高生に絞って攻めたようです。なぜかというと、日本には「人気アプリは女子高生から始まる」とう説があるからでしょう。その説は本当かどうか分かりませんが、少なくともTikTokのそれからの成功を見ると、確かに女子高生の間で広がって、それから日本社会全体へ徐々に広がるという流れになっているようです。
そういった女子高生のインフルエンサーを獲得することは、さすがに芸能人よりは難しくなかったですが、それにしてもかなりの努力が求められる作業でした。ある報道によると、TikTokの社員が渋谷などお洒落な女子高生がよく出没する場所を歩き回って、スカウトしたらしいです。それに加え、耳を疑う程の魅力的な金銭インセンティブを提供したようです。一個のショートビデオに対して、15万円の報酬を渡すケースもあったらしいです。
成功要素 #4
四番目の成功要素は、広告です。今まで述べてきた要素の効果で、良いアプリを良いタイミングでリリースでき、それの中に一部の魅力的なコンテンツを導入できました。しかし、短期間で超人気アプリに成長させるには欠かせないのが、広告でした。
初期のTikTokの広告戦略といえば、「取り敢えずたくさんの予算を使う」ことで凝縮できるでしょう。ネット、テレビ、電車、などなど、潜在的なユーザーの目が届くあらゆるところに取り敢えず広告を出すというやり方だったらしいです。ある統計によれば、半年間で40個のテレビ番組にTikTokに関する取材や報道が出たようです。私個人はあるテレビドラマを見た時に、ドラマの主人公がなぜかTikTokを使って時間を潰すシーンを見かけた記憶があります。
TikTokの広告戦略は、単純に膨大な予算を投入するのではありません。「盲目的」とも言えるぐらいに一気に数多くの場所や媒体に広告を出すことを意識的にやることこそTikTokの広告戦略の真骨頂だと思います。普通の日本のインターネット企業が新しいアプリをマーケットに出す際に、十分な予算があっても、一気に使うのではなく、少し予算を使って、その費用対効果を計りながら徐々に調整していくのは通常の方式だと考えられます。しかし、TikTokは当時、そういう細かい分析や調整をする人的リソースがなかったし、何よりスピードを最優先しました。そのため、一定の期間、具体的な広告がどのように売上につながるかというKPIをほぼ度外視し、知名度を上げることだけ注目しました。成功したら、一気に市場を制覇できます。失敗したら、とんでもない損失を被ります(こうむります)。ある意味、いかにも急成長してきた中国インターネット企業らしい「野蛮な」ギャンブルです。もちろん、そのギャンブルを支えるのは、投資家からの資金でした。
以上、TikTok日本版がなぜ短期間でそこまで大ヒットしたかの4つ要素を説明しました。繰り返しますと、中国で開発したアプリをそのまま日本に持ってきて、日本独自のコンテンツを導入するという仕組み、日本進出のタイミング、最初に有名な芸能人に使ってもらうこと、それからインフルエンサー使ってもらうこと、最後に意識的かつ盲目的に広告を出すこと、という4つの要素が挙げられています。
それ以外にも、 日本市場の特殊性に合わせるために、TikTokは色々な工夫をしました。例えば、法律的なリスクを回避するために、TikTok日本版のデータサーバーを海外においたり、海外コンテンツ専用の審査チームを立ち上げたりしました。
日本に進出してきた5社の中国インターネット企業を紹介した。これからは最後のまとめ
今まで、Kingsoft、Baidu、NetEase、Happy Elements、そしてTikTokという五つの中国インターネット企業の日本進出の物語を述べてきました。これからは、少し俯瞰的な視点から、彼らの共通点に触れたいと思います。
まず、考えたいのは、そもそもなぜ日本に進出するのかということです。実は、日本は、一見ハードルが高い市場にも見えます。インターネットサービスには、「規模の経済(Economy of Scale)」の影響が大きいとよく言われています。要するに、ユーザー数が多ければ多いほど、サービス自体の価値が増えるというわけです。そのユーザー数の観点から考えると、日本の潜在的なユーザー数(ここで人口ではなく、主に潜在的なユーザーになれそうな若者)はインドや東南アジアと比べたら、多くはありません。おまけに、一人ユーザーを獲得するのにかかる費用は世界トップレベルです。しかし、日本人ユーザーの母数が少ない分、一人課金ユーザー当たりの平均月間アプリ内課金金額の約5000円は世界最高レベルです。アメリカはそれの1/4だと言われています。その経済的な理由に加え、「感情的な」理由もあります。従来、日本が文化、特にゲーム、アニメなどの領域のトップ先進国だと見做されています。そのため、一つのインターネットサービスが日本でヒットしたら、「目が肥えた日本人でさえ認めたサービス」だと、ある意味、お墨付きを得られます。将来他の地域で展開しやすくなることにもつながると想定しているのでしょう。
中国での開発力を最大限に利用することも日本での成功要素の一つでしょう。今まで見てきた会社の中、Happy Elementsを除いたら、全ての会社は開発部隊を中国においています。なぜかというと、ユーザー向け、つまりTo C(直接にユーザー向け)のアプリの開発は、多くの場合、最先端の技術力より、とりあえず早いスピードで様々な機能を作ることが求められています。常にアップデートできるので、出された後にユーザーのフィードバックを見ながら修正すればよいというわけです。逆に、長い期間をかけて、完璧なものを作るのはアプリ市場に通用しにくいやり方になっています。そこは正に中国の強みだと思います。中国エンジニアの平均的な技術水準は日本より低いかもしれませんが、人数は間違いなく日本を凌ぎます。そのため、迅速にユーザーのニーズを満たせそうなアプリや機能を開発できるのです。
日本支社のローカル化も非常に大事なポイントです。多くの中国インターネット企業は、最初、中国本社の社員を駐在させるという形で日本事業を立ち上げます。しかし、事業拡大につれ、積極的に現地採用に取り組み始めます。NetEaseやTikTokの日本支社は、現在、80%のスタッフが日本現地で採用されたそうです。もちろん、その中には、一部の日本で暮らす中国人が含まれていますが、大半が日本人だそうです。やはり、日本での発信や日本人ユーザーの心を掴むマーケティングを企画する際に、日本人ではないと難しいようです。
しかし、ローカル化につれ、ユーザーのニーズをよく理解できている現地で採用されたスタッフと、本社の考え方をよく理解できている中国から派遣されたスタッフのパワーバランスはまた課題になります。それだけではなく、日本支社と中国本社のパワーバランスも真剣に考えなくてはいけません。それらにちゃんと対応しなければ、組織が内部競争にエネルギーを注ぎ、結局廃れてしまう可能性もあると数人の中国企業の日本支社関係者は述べました。
2020年代に入ると、より多くの中国インターネット企業が日本に上陸するでしょう。彼らはどのよう物語を紡でゆくかを楽しみにしています。いつか後日の記事でまたそのトピックを取り上げたいと思います。
参考した「虎嗅」(フーシュー)の記事:https://www.huxiu.com/article/320722.html?f=member_collections
写真の出所:
https://www.tiktok.com/@hinatazakanews