最期まで好きになれなかった父の話
暗い話じゃないです。
ちょっとマジメな話だけど
重く受け取ってほしくないんですね。
もっと大変な人たくさんいると思うけど、こんな人もいるんだなくらいの感じで読んでもらえたら嬉しいです。
お父さんお母さんのことを好きになれない人が
少しでも軽くなりますように。
✳︎
親のこと好きって言えるのって幸せなことだと思うんです。
親のこと嫌い!
っていう「感情」があるのも素敵だなと思います。
「お父さん」がどんなものかわからない
私は、父親のことが小さい頃から好きじゃなくて、去年、約1年前に亡くなるまで、いちども好きにはなれなかった。
最終的には興味を持たなくなってしまった。
もしかしたら、
「興味を持たないようにした」
が正しいのかなと思う。
わたしが父に対して何か意見を言うと、
父は自分の意見ではなく
私のことをひたすら否定する言葉を発してきた。
私の考え方というより
わたしの在り方を否定するかんじ。
意味わからない事でたくさん怒られたけど、
叱られたことはない。
なんか書いてていきなり悲しくなってきた笑
父はとにかく、
何を考えてるかわからない人だった。
父の影響だと思うんだけど、ずっと
「おじさん苦手だなー」
って思って生きてきた。笑
(今も最初は構えちゃうけど、年上の仲良い人も
可愛がってくれる人もたくさんいるよ)
できることなら、「お父さんという存在」から
愛されてると感じたかったし、
たくさん褒めて欲しいと思いたかったし、
認めて欲しいと思いたかった。
これを書いた理由は
いま親のことを愛せなくて、そんな自分を許せないとか、何故なんだろうって悩んでる人がいると思うのだけど、それって思うほど異常なことではないって言いたい。
あと、自分を責めて欲しくないなって思ったから。
わたし、ずっと自分がおかしいのかなって
責めていたんですよ。
たとえば中学〜高校の頃は、女子にあるあるの「お父さん大嫌い期」みたいなやつ?私はきっとそれだから、この時期が過ぎたらちょっとマシになるのかもしれない、って思っていたし。(言い聞かせていたし)
この時期がベースなら嫌いなのは当たり前だって、
父を嫌いでも仕方ない理由をたくさん探してた。
でも、いくら大人になってもあまり変わらなかったし、
どんどん諦めに変わりました。
ちゃんと向き合う事は大事。
とことん気が済むまでやるのは大事。
けど、どうしても無理な事もある。
私は父親と、頭がおかしくなるほどやり合いました。
ずっと何年も。
(内心、「このクソジ◯ィ!いっぺん◯んでこい!」
と思いながら。うふふ。)
✳︎
向こうからのコミュニケーションは皆無。
どうしても理解できなかったし、
分かってもらえなかった。
父は歩み寄る気はなかったと思う。
何も噛み合わない。
ベクトルが違うというか、なんていうのか…
そもそもの言語が違う感じ。
異次元に住んでる人なのでは?と思った。
分かり合えないどころか、遠くから弓矢を飛ばしまくってくるので、ズタボロでした。
後悔できるのはすごいこと
例えば、これ読んでくれてる人の中で、ご両親(又はご家族)が亡くなった時に何かできなかった事に後悔した人がいたとして。
それってすごいことなんですよね。
ぜんぜん遅くないし。
やっぱり大事だった、好きだったって
気付けたわけじゃないですか。
(あらためて、でも。)
それで十分だと思うんだよね。わたしは。
すごく幸せなこと。
そういう事に気づくために、人って生きてるんだと思う。
欠如感ゆえの
絶対的な存在(男の人)からの愛が欠如している、
というかなんというか、
欠如「してるんだろうな」って感じ。
喪失感はわかりやすいけど(有ったものを失うから)
元から無いから、無いって自覚しづらい。
でもなんとなく不足感もある、かな。
言語化むずい。
✳︎
これだけたくさんの人が生きていて、全員が当たり前のように親を好きだったり子どものことを愛せてる人ばかりなわけがない。
仕方ない!
頭では理解できない理由や、カルマがあるのだと思う。
愛し愛されるのが正しいとも思わない。
欠如感があるからこそできる事もあるだろうし、それがその人の闇になる事もあり、その闇から生まれるエネルギーも強かったりして。
それに助けられる人もいるわけで。
部分的に見ると愛の欠如だけど、人類全体で見たら、丸くてキラキラ綺麗なのかもしれない。
ちょっとお母さんの話
クッション材料的に母の話を。
なんだかんだ私のことを信用してくれている。
そしていい意味で期待してないと思う。
私がやりたいことを否定されたことはないし、「これやりなさい」も一個もなかったし、勉強しなさいもなかった。
でも私がやりたいと言った事はたいがい叶えてくれた。
「お姉ちゃんなんだから」とか、「女の子なんだから」とか言われたこともないです。こういうところが、私の今の価値観のベースなのかなと思ったりする。
✳︎
両親が超絶に仲が悪い、中〜高校の頃。
学校後はバイトorカラオケ、彼氏の家。
深夜まで帰らない事も多かった。
「せめて日付が変わる前に帰れない?連絡くらいしてちょうだい」と言われて、家には帰りたくないから連絡はするようになった。
父親は何も言ってこなかった。
少し戻って小学校の頃。学校に行きたくない日は、体温計こすって熱があることにした。
「んじゃ学校お休みしよっか」
って、母はそれ以上は何も言わなかった。
小さい頃から本音をなかなか言わない子だったので、そこまでして休みたい理由があるだろうと、察してくれたんだと思う。これも愛だよね。
わたし、今の母親が実の母親じゃなかったとしても、べつにいいなぁと思ったことあるんです。ずっと近くで見守ってくれた存在は、今の母親しかいない。
それは絶対的なものじゃないですか。
あと母方のおばあちゃんも。無条件に愛してくれた人。
親に内緒で色んなものを買ってくれたのもおばあちゃん。笑
家族というところでは弟もいる。
なんだかんだ優しいので可愛いです。
なんか知らんけど妙にモテます。
(モテ話をLINEしてくるのやめろや。面白いぞ。)
母のことはこれくらいで。
そして1年前
約1年前の2/27に父が他界。
そして3/1に火葬だった。
(Facebookの思い出機能は便利)
病院で何ヶ月ぶりかに最後のお顔を見て、
火葬してもやっぱり何の感情も見つからなかった。
海にお骨を撒いてきても、やっぱり見つからない。
時間が経ったら少しは変わるのかな?
なんてしばらく観察してみたけど、見つからない。
特に何も変わらなかった。
そもそも無いものは見つからないよって事なのか。
私がうまく見つけられないだけなのか。
守り
父は、硬い殻を幾重にもかぶっている人だった。
そのプロテクト素材どこに売ってるの?
なんかもう、自分でも外せなくなってるというか、麻痺して殻があることも分からなくなってる感じがした。
人って、感情に蓋をして、さらにそこにも蓋を重ねて
またさらに蓋をして蓋をして蓋をして…
ってやってる人って、麻痺するんですよね。
麻痺してるから我慢してることにも感情が生まれていることにさえ、気づかない。父はそんなタイプに見えていたし、色んなことを諦めているように見えた
「どうせ」で生きてるように見えた。
ただ、いま思うと自分自身に向けての怒りが常にあったんじゃないかと思う。
諦め
昔々はまだ父に対して「嫌い」という感情はあった。
私はその「嫌い」に気づくのにもかなり時間がかかっていた気がする。
「そんなわけない」っていうのもあったと思う。
ある程度の大人になってからは諦めを超えて、父は居ないものと思って過ごしてきた。もう片親のつもりで生きようって思っていつの日か決めました。
そう思わないと、どうにも収まらなかった。
結局最期まで、おそらく15年以上は会話しなかった。
今のところ、特に後悔は無い。
愛を感じた事がなかった。
愛については、受け取り側の問題と言われたらそれまでなんだけど、感じていなかったのが事実なんですよね。
父との過去
私に対してもだけど、弟に対しても、特に母に対して、雑な扱いなのが許せなかった。
親だから家族だからって理由で、過剰な愛は求めてない。ごく普通に、相手を思いやることはできないのだろうか?お互いにそこそこ過ごしやすい環境を作れていればいい。
それで普通の話を、普通に聞いたり話したりできればいい。
「お父さん」って呼んだことがあまり無い。
他人に父の話をする時でさえ「お父さんが」とか「父が」って話すのが嫌だった。なんていうか、あの人を父親と認めたくない、という感覚なのかな。
えぐられる
何も無いならまたその方がマシで、わざわざエグるような事を言ってくる。
出来事は大小いろいろありすぎるけど、けっこうインパクトあるのはお母さんも弟もいないタイミングで、
「今すぐ蒸発してもいいんだぞ」
って脅されたことかな。
絶句した。
その前後に私が何か言ったのかとか、
ぜんぜん覚えてない。
いつだったのかな、あれ。
二十歳前後くらい?学生の頃?
父親に脅されるってどういうことなんだろう?
今でも思い出すってことは衝撃的だったんだと思う。
ショックを受けると思ったから、
この事はお母さんに話せなかった。
いま思うと、こういうのって精神的DVなんですよね。
じわじわえぐる感じ。
本当にいやだった。
えぐる理由
「言ってるだけ」ってどっかで分かってたんですよね。
これは最近になってから思ったことだけど、
そういう言葉が出てくるってことは、脅すってことは、押さえつけるってことは、自信もないし怖かったんだと思う。
父親という肩書きみたいなものがあるけど、
父親になれていないことに
「父親とは何なのか」がわからない自分に、
何もできていない自分が嫌いだったんだと思う。
自分に対して、怒りがあったと思う。
父になれなくてもいいじゃん
ただ私が思うのは、「正しい父親像みたいなもの」を、「正解みたいなもの」を探さなくていいと思うんですね。そんなものに苦しむくらいなら。
どんな関係性であっても、お互いに過ごしやすいように嫌な思いをしないように、ほんの少しの思いやりがあれば、平和に過ごせるわけだし。
愛っていうのは、その積み重ねだから。
私に対しての愛情があったのかは本当にわからない。
本当になかったのかもしれないし、父もまた、うまく子どもを愛せない事に苦しんでいたかもしれない。
知らんけど。
さいごに
私の人生におけるトラウマとか傷はまぁまぁあって。
うつ状態で仕事クビになったとか。
職場で超絶いやがらせされて病むとか。
婚約破棄、とか。←
意外と色々あるんだけど、
今回はちょうど父が亡くなって1年でなんとなくいい機会な気がしたので、今回はこれが、誰かのお役に立てることが1ミリでもあればいいなと思って、書いてみました。
他のことも、タイミングあったら書いてみます。
長文読んでくれてありがとうございます!
2022/03/07 すわべともみ(ココ純)
モチベーション上がりますっ!