
パラドキシカルリアクションの乾癬様皮疹
パラドキシカルリアクション(PR)とは
”免疫性炎症性疾患immune-mediated inflammatory disease (IMID)に対する生物学的製剤による治療により誘発された、免疫学的機序による組織反応"とされている。したがって、皮膚症状のみならず他臓器症状も含まれる。
元々はリウマチ疾患患者にTNF阻害薬を投与した際に生じた炎症性皮膚疾患が乾癬様あるいは掌蹠膿疱症様であり、乾癬に効果があるはずの生物学的製剤によって生じていることから''逆説的反応(Paradoxical reaction; PR)と呼ばれる様になった。
現在では、乾癬様皮疹以外に血管炎、苔癬化反応、肉芽腫性反応、脱毛症を示す症例が次々に報告され、生物学製剤によるパラドキシカル反応は多岐にわたる。
これまでに報告されているものは主にTNF阻害薬によるPRである。
メカニズム
抗TNF-α抗体製剤によるPRはいまだに明らかに解明されていないが、
その機序の一つにTNF-αとIFN-αのサイトカインのバランス不均衡が一因として考
えられている。
TNF-αは形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid dendritic cell; pDC)のIFN-α産生を亢進させ、IFN-αが骨髄樹状細胞(mDC)を活性化、または直接T細胞を刺激する。さらに、T細胞上にサイトカインレセプターであるCXCR3を誘導することによりT細胞の皮膚への遊走を促す。これらの反応によりTh1細胞による炎症反応が惹起され、皮疹が形成されると考えられる。
また、皮膚のIL-6濃度の高度な上昇は皮膚を構成する様々な細胞の機能に影響し、様々な皮膚疾患の病態形成に関与が示唆されている。
乾癬の皮疹部でもIL-6は高発現しており、Th17や好中球の誘導・遊走を惹起し、そのTh17や好中球がさらにIL-6を産生するオートクリン機構を介して、炎症や表皮肥厚を促進することで病態に関わっていることが示唆されている。
抗TNF-α製剤のPRの特徴
発症頻度/乾癬の既往や家族歴/発症年齢
1.5-5.0%、 女性に多い(投与対象疾患に影響される)
既往・家族歴は一部の患者のみ
10〜70代
皮疹出現時期
薬剤開始から数週間〜数年
皮疹の特徴と部位
乾癬様皮疹のほか、掌蹠膿疱症に類似する皮疹を呈することもある。
膿疱を形成するものが多い。(掌蹠膿疱症型、膿疱性乾癬、尋常性乾癬の膿疱化)
掌蹠、被髪部、四肢屈曲、陰部、腋窩などあらゆる部位に起こりうる。
薬剤の種類
インフリキシマブ(レミケード®︎)が最多
アダリムマブ(ヒュミラ®︎)
エタネルセプト(エンブレル®︎)の順で多い。
経過
投与継続しても外用療法のみで軽快することが多い。
別のTNFα阻害薬で皮疹の出現をみないことがある。
抗IL-6受容体抗体によるPRも少数ながら報告されている
皮疹が比較的軽症で、抗TNF-α製剤と比較して皮疹出現までの投与期間が短いのが特徴。
稀だが、同一患者に抗TNF-α製剤と抗IL-6受容体抗体によるPRが出現した症例も報告されている
関節リウマチ患者にTNF阻害薬投与3ヶ月後にPRが見られ中止。
ドボベット®︎外用で改善したが、IL-6抗体製剤開始したところ1ヶ月後より皮疹再発。再度中止し皮疹軽快。
T細胞選択的共刺激調節剤に分類されるアバタセプトでもPRの報告例がある
TNF-α阻害薬(エタネルセプト、インフリキシマブ、アダリムマブなど)やIL-6阻害薬(トシリズマブ)は、これらのサイトカインの産生を直接抑制あるいはその生理活性を抑制することで免疫抑制効果をもたらす。
一方、アバタセプト(オレンシア®︎)は、既存の生物学的製剤とは異なる新しい作用機序を有する薬剤であり、T細胞選択的共刺激調節剤に分類される。
治療方針
軽症例
生物学的製剤は継続しつつ外用療法
皮疹が広範囲または掌蹠膿疱症様の皮疹が併発する場合
原因薬剤の中止と、全身療法(紫外線療法やレチノイド、シクロスポリンなど)を考慮。
中止後は他の抗TNF-α抗体製剤への変更を考慮する。
そして、他の抗TNF-α抗体製剤に変更しても皮疹が悪化する場合は、TNF-α以外の分子標的薬への変更を検討する。
病理
『典型的乾癬または苔癬型組織反応や表皮の海綿状態』
乾癬様皮疹は乾癬と類似するものの異なる皮疹であり、病理学的にも違いがある。
乾癬様皮疹では、表皮突起の延長が軽度で、顆粒層の消失や真皮の血管拡張が目立たない点が特徴。
一方乾癬では、表皮の海綿化や水疱形成、裂隙形成などを認めることは少ない。
Succariaらによる生物学的製剤によるPRの臨床像および組織像による分類。
通常の炎症性皮膚疾患と同様に、下記のように分類されている。
1. Psoriasiform pattern/Spongiotic pattern
2. Vacuoiar interface pattern
3. Lichenoid pattern
4. Granulomatous pattern
5. Alopecia-like pattern
6. Leukocytoclastic vasculitis pattern
7. Panniculitis
8. Sclerosing Pattern
これまでに報告されたPR症例では、臨床的に乾癬様の皮疹であっても、その組織学的変化は多岐にわたり、典型的な乾癬と区別ができないものから不完全な乾癬様、湿疹様、苔癬化反応を認めるものまで様々である。
Lagaらの報告によれば、 psoriasiformの組織像を示すPRの例として、
1. 不規則な表皮索の延長、局所的な不全角化と稀な角層内の好中球浸潤、真皮上層の軽度のリンパ球浸潤と稀に好酸球、形質細胞の浸潤という非典型的な組織像を示す症例
2. 規則的な表皮索の延長と表皮増殖、全体的な不全角化、角層下の好中球性膿疱、真皮上層のリンパ球および好中球浸潤と稀に好酸球、形質細胞の浸潤という比較的典型的な組織像を示す症例
3. 軽度の表皮肥厚と著明な好中球浸潤を伴う角層下膿庖および海綿状膿庖、真皮上層のリンパ球、好中球浸潤と、稀に好酸球、形質細胞浸潤を認める症例
の3タイプが紹介されている.
小宮根は、乾癬様皮疹を示すPR症例においては、非典型的な臨床および組織像を呈する症例が多いが、稀に典型的な尋常性乾癬の臨床・組織像を呈する症例にも遭遇する。しかしながら、後者の場合、生物学的製剤の導入後にたまたま尋常性乾癬が発症したのか、あるいは生物学的製剤のPRとして皮疹が生じたのかの区別は困難である。過去の報告例にも、生物学的製剤の中止や休薬により皮疹が軽快した症例もあるが、生物学的製剤の中止にもかかわらず皮疹が遷延し、尋常性乾癬と区別できない症例も報告されている。
補足:薬剤性乾癬・乾癬型薬疹
薬剤性乾癬または乾癬型薬疹は、薬剤と関連して乾癬または乾癬様皮疹が出たり、既存の乾癬が薬剤によって悪化することを指す。
TNFαなどの生物学的製剤以外では、リチウム、β blocker、Ca blocker、NSAIDsなどがある。
参考
1)神崎ら, 皮膚臨床 63 (12) ; 1860-1864, 2021
2)相原, アレルギー, 60(12); 1606-1613, 2011
3)藤吉ら, 皮膚臨床 66 (5) ; 557-560, 2024
4)石川ら, 小児リウマチ 6 : 39-42, 2015
5)小宮根, 病理と臨床, 37(12); 1180-1187, 2019