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帯状疱疹の痛み
痛みの種類
ZAPの概念
従来の急性期帯状疱疹痛・帯状疱疹後神経痛(PHN)を連続したものとして捉え、「帯状疱疹関連痛(zoster-associated pain : ZAP)」と呼ぶ様になった。
実際には急性期の侵害受容性疼痛(炎症性疼痛)とPHNである神経障害性疼痛が混在した混合痛であるので、痛みの状態を正しく捉えるためにZAPの概念が提唱された。
PHNの概念
帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia : PHN)の明確な定義は今のところ存在しない。
病態は神経障害性疼痛と定義される。
PHNに対する治療効果を論ずる際には、帯状疱疹発症後少なくとも3ヶ月以上経過している必要がある。
PHNのリスクファクター
高齢
前駆痛
初診時の強い痛み
治療開始の遅れ
急性期からの知覚過敏、知覚低下
基礎疾患(免疫不全、糖尿病等)
小児ではPHNはほぼみられない。
PHNの特徴
刺激に依存しない自発的な疼痛(自発痛)や、触刺激により惹起される痛み(誘発痛、アロディニア(allodynia))がある。
3つの病態に分類される。
①感覚低下やアロディニアが少ないもの
②痛覚・温覚が障害されているが、軽い刺激により激しい疼痛が引き起こされアロディニアが認められるもの
③痛覚過敏やアロディニアは認められないが、激しい自発痛があるもの
自発性定常痛
「足の痺れのような」「火傷のような」「締め付けられるような」
発作性電撃痛
「電気が走るような」「刃物で刺されたような」
アロディニア
「服が着られない」「ブラッシングができない」「鼻がかめない」「髭が剃れない」
その他
「水が垂れる」「つねられる」「虫が這う」「ひやっとする」
第3の痛みとは?
『侵害受容性疼痛』、『神経障害性疼痛』に続く第3の痛みが『痛覚変調性疼痛』である。
線維筋痛症や過敏性腸症候群、顎関節症などがこれにあたり、
痛みの発生に関わる脳の神経回路の変化で起きる。
体の組織や神経に損傷がなくても生じる。
急性期の痛みが弱くても「痛み記憶」により、かなりの時間が経過してから痛みが生じてPHNへ移行することがある。痛みが長引き慢性化すると「痛覚変調性疼痛」を引き起こすので、急性期から慢性期に至るまで積極的な疼痛管理が重要となる。
痛みのアセスメント
問診
痛みの強さ、パターン(持続痛か電撃痛か、安静時痛か体動痛か)、
睡眠障害の有無や程度、日常生活の障害度、痛みの増悪・軽快因子
を確認する。
アロディニアの確認
患部と対側の同部位を軽く触って知覚過敏や知覚鈍麻の有無をみる。
ペインスケール
代表的なものに、視覚的アナログスケール(visual analogue scale : VAS)、数値的評価スケール(numerical rating scale : NRS)、表情評価スケール(face pain scale : FPS)、言語式評価スケール(verbal rating scale : VRS)などがある。
PHNの評価には、「神経障害性疼痛スクリーニング問診票」も有用。
痛みの治療
そもそもPHN治療薬の効果はどれほどか
PHN治療薬の「治療必要数(number needed to treat : NNT)…どのくらい効くかの指標」は以下の通り。
※例 NNT4であれば4人に投与したら1人に効果が出る。
・三環形抗うつ薬 2.53
・プレガバリン 4.71
・トラマドール 4.76
・強オピオイド 2.77
残念ながら、全ての患者に対して効果的な薬剤があるわけではないのが現状。
治療のゴールは?
完全治癒ではなく、ADLやQOLの改善を改善し、
PHN発症前の日常生活にできるだけ近づけていくことが目標となる。
ZAPの治療(大枠)
ZAPは急性期の皮膚・神経の炎症による痛み(侵害受容性疼痛)と、
主としてPHNでみられる神経変性による痛み(神経障害性疼痛)から構成される。
治療薬の選択は、時期ではなく、痛みの種類によって行う。
よって、急性期(2〜4週)、亜急性期(3〜4ヶ月)でもアロディニアなどの神経障害性疼痛の要素があれば神経障害性疼痛治療薬を開始する。
急性期痛の治療−1.NSAIDsとアセトアミノフェン
”侵害受容性疼痛”にはNSAIDsやアセトアミノフェンなどの非オピオイド系鎮痛薬を主体とする。NSAIDs、アセトアミノフェン無効の場合はトラマドールなどの弱オピオイドと追加投与する。それでも難渋するなら早期の神経ブロックの導入が望ましい。
注意点
核酸アナログ系抗ヘルペスウイルス薬+NSAIDsの併用は腎障害のリスクを相乗的に高めてしまう。
高齢者にはアセトアミノフェン推奨。まずは500mg1回1〜2T、1日3〜4回
急性期痛の治療−2.ステロイド使用について
Ramsay Hunt症候群による顔面神経麻痺では抗ヘルペスウイルス薬に加えてステロイド全身投与が併用されるが、帯状疱疹に対するステロイド全身投与は皮疹や疼痛の急性期症状の軽減や、QOL改善に有効。
顔面や上肢などで浮腫が強い例にはステロイド併用することも。
外来ではPSL15mg程度から開始し漸減する。
ステロイドにPHNの明らかな予防効果はない。
神経障害性疼痛の治療−1.大枠
”神経障害性疼痛”には日本ペインクリニック学会『神経障害性疼痛薬物治療ガイドライン 改訂第2版』を参考にする。
第一選択薬(複数の病態に対して有効性が確認されている)
Cα2+チャネルα2δリガンド:プレガバリン、ガバペンチン*、ミロガバリン
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬:デュロキセチン*
三環系抗うつ薬(TCA):アミトリプチリン、ノルトリプチリン*、イミプラミン*
第二選択薬(一つの病態に対して有効性が確認されている)
ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液
トラマドール
第三選択薬
オピオイド鎮痛薬:フェンタニル、モルヒネ、オキシコドン*、ブプレノルフィン*
*本邦における承認効能・効果とは異なる
神経障害性疼痛の治療−2.ガバペンチノイド
プレガバリン(リリカ®︎)、ミロガバリン(タリージェ®︎)、ガバペンチン(ガバペン®︎)といったカルシウムチャネルα2δリガンドと呼ばれる薬剤のグループの総称。
ガバペンチンはてんかんに使用され、神経障害性疼痛に適応があるのはプレガバリンとミロガバリンの2剤。
作用機序;過剰興奮状態にあるシナプス前終末においてCαイオンの流入を抑制し、グルタミン酸など神経伝達物質の放出を抑制することによって鎮痛作用を発現する。最近では、下行性疼痛抑制系への関与も知られている。
副作用と注意点
めまい、眠気・傾眠、末梢性浮腫、霧視、複視、肝機能障害など
めまいと眠気・傾眠は比較的早期に、末梢性浮腫は少し遅れて出現することが多い。
ガバペンチノイドは腎排泄性なので腎機能に応じた投与量。
高齢者では初期用量でも副作用を生じることがあるのでさらに少ない用量(夜1回内服)から開始し、漸増する。
ガバペンチノイドを一定期間使用しても効果が見られない場合は漫然と使用し続けないことも重要。
プレガバリンとミロガバリンの違い
ミロガバリンは、プレガバリンと同様に使用でき、
プレガバリンに比べて使用量に対する副作用リスクが低い可能性がある。
薬理学的作用の違いは以下の通り。
α2δサブユニットには主としてα2δ―1(鎮痛作用に関与)とα2δ―2(中枢神経障害への関与)がある。ミロガバリンはプレガバリンよりも両方のサブユニットに結合親和性が高く、かつ解離半減期が長く、α2δ―2サブユニットよりもα2δ―1サブユニットに対して持続的な結合を示した。
神経障害性疼痛の治療−3.抗うつ薬
神経障害性疼痛をはじめとする慢性疼痛に、三環系抗うつ薬とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の有効性が証明されている。
抗うつ薬の慢性疼痛に対する作用機序は以下の通り。
脳内の神経伝達物質であるノルアドレナリンおよびセロトニンを増加させることで下行性疼痛抑制系を賦活し鎮痛作用を発揮する。
抗うつ薬の鎮痛作用は、抗うつ作用より早く、かつ低用量で出現する。
三環系抗うつ薬
アミトリプチン(トリプタノール®︎)は慢性疼痛にも保険適用がある。
抗うつ薬のため痛みで気分がふさいでいるような患者に試すと良い。
<アミトリプチンの副作用と注意点>
高齢者では少量の10mgから開始し、副作用がなく、かつ痛みの改善がなければ、副作用で服用困難になるか痛みが軽減するまで4−7日ごとに10−25mgずつ増量。
三環系抗うつ薬がPHNを軽減する用量は1日10―150mgと患者によって差がある。したがって副作用がみられず、かつ効果が明らかでない場合は増量を続ける。また至適用量であっても痛みが軽減するのは増量してから数日後なので、患者にその旨を説明しておく。
副作用;抗コリン作用による口渇、便秘、排尿障害、眼圧上昇および抗ヒスタミン作用による眠気・傾眠、ふらつき
特に高齢者で注意。
副作用の眠気・傾眠を避けるために用量が多くなっても基本的に1日1回眠前。 眠気・傾眠は用量を漸増することである程度防止でき、用量を維持することで軽減するとされる。
洞性徐脈、脚ブロック、STおよびT波の変化、起立性低血圧といった心機能障害が起こることもあるので、心疾患を有する患者では注意。
SNRI
2023年にはデュロキセチンが正式に使用可能に。
神経障害性疼痛に対しては、
①成人には1日1回60mg朝食後内服
1日20mgより開始し、1週間以上の間隔を空けて20mg/日ずつ増量
②投与量は必要最小限となるようにする
③漫然とは使用しない
副作用;三環系抗うつ薬と比較して少ない。悪心、口渇、不眠性機能障害
SNRI投与中に自殺行動のリスクが高くなる可能性が報告されており注意。
神経障害性疼痛の治療−4.ノイロトロピン
一般名はワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤
ワクシニアウイルスを接種した家兎炎症組織から抽出した非タンパク性の生理活性物質を含有する製剤。
PHNのほか、腰痛症、頸肩腕症候群、肩関節周囲炎、変形性関節症に適応あり。
作用機序は以下の通り。
中枢性鎮痛機構であるモノアミン作動性下行性疼痛抑制系の活性化作用、侵害刺激局所における起炎物質であるブラジキニンの遊離抑制作用、末梢循環改善作用など
ノイロトロピンをプレガバリンと併用するとプレガバリンの有害作用を増強することなく、それぞれの薬品単独よりも効果的に神経障害性疼痛を軽減できる。
<使い方>
1日4T2×
副作用が少なく、腎機能による調整も不要。
軽症例での単独使用(抗アロディニア作用)や鎮痛薬の副作用が出た症例での単独使用のほか、透析患者などガバペンチノイドの使用量が限定される症例での効果増強目的やPHN軽快後の維持療法で使いやすい。
ノイロトロピンはトッピングしやすい隠し味的な立ち位置。
神経障害性疼痛の治療−5.オピオイド
オピオイド(opioid)は麻薬性鎮痛薬を指す用語ではあるが、
オピオイド=麻薬ではない。
オピオイドは、中枢神経や末梢神経に存在する特異的受容体(オピオイド受容体)への結合を介してモルヒネに類似した作用を示す物質の総称。
植物由来(天然)、化学的(合成・半合成)、内因性(体内で産生)などがある。
オピオイド受容体にはμ(ミュー)、δ(デルタ)、κ(カッパ)があり、鎮痛作用に最も関係するのはμであり、脳・脊髄、末梢神経に存在する。
副作用;消化器症状(便秘、悪心・嘔吐、食欲不振、口渇)、精神神経症状(眠気・傾眠、めまい、発汗、幻覚、頭痛)など
PHNなどの慢性疼痛ではトラマドール製剤などの非麻薬性の弱オピオイドがよく使われる。
トラマドールは、ノルアドレナリンとセロトニンの再取り込み阻害作用および代謝産物によるオピオイド受容体作動性作用を有する中枢性鎮痛薬。
中等度〜強度の急性期痛と慢性期痛に使用される。
トラマドールは医療用麻薬ではないので管理が比較的容易であり、依存性や呼吸抑制の心配はない。ただし便秘、悪心・嘔吐、眠気・傾眠などの副作用は起こりうる。
トラマドール製剤は比較的安全に使えるオピオイドだが、副作用対策は強オピオイドに準じて行う。
トラマドールには、
1 日 4 回(速放錠),1 日 1 回(徐放錠),1 日 2 回(速放部付徐放錠)、アセトアミノフェン配合錠がある。
それぞれに複数の剤形があり、最大容量も異なる。
全ての剤形に慢性疼痛の適応がある。
①単剤(速放) トラマール®︎
1日4回 最高400mg
25、50mg錠
漸増しやすいが1日4回内服する必要がある。
②アセトアミノフェン配合錠 トラムセット®︎
1日4回 最高8錠
1錠中にトラマドール37.5mgおよびアセトアミノフェン325mgを含む
抜歯後の疼痛には適応あるが、帯状疱疹の急性期痛には適応はない。
③徐放剤 ワントラム®︎
1日1回 最高400mg
100mg錠
慢性期の切り替えに適しているが、血中濃度の立ち上がりが遅い。
④徐放+速放合剤 ツートラム®︎
1日2回 最高400mg
25、50、100、150mg錠
血中濃度の立ち上がりと持続時間のバランスが良い。
内服回数も2回とアドヒアランスも良いので長期内服に適している。
神経ブロック
末梢神経(脳脊髄神経や交感神経節)に直接またはその近傍で局所麻酔薬、神経破壊を作用させたり、高周波熱凝固法、パルス高周波通電により一時的あるいは長期に渡り神経機能を停止させて痛みを軽減する。
帯状疱疹で行うものは、
末梢神経ブロック、硬膜外ブロック、神経根ブロック、星状神経節ブロック。
PHNの予防に有効な可能性があり、発症から期間が短いほど有効と考えられる。
強い痛みがあれば早期から導入を検討する。
漢方薬
急性期
熱証(腫脹・熱感)に対して利水・清熱作用のあるものを使う。
例)五苓散、柴苓湯、黄連解毒湯、越脾加朮湯
寒証(頻尿・冷感が強い)の場合は、麻黄附子細辛湯、桂枝加朮附湯など。
越脾加朮湯は消炎鎮痛作用、抗ヘルペスウイルス作用、免疫賦活化作用の3つの作用があるので、抗ヘルペスウイルス薬、鎮痛薬と併用するとPHNを予防する可能性がある。
※甘草に含まれる物質に抗ヘルペスウイルス作用があるとの研究や、IFN誘導作用があるとの報告もある。
PHN
抑肝散はアロディニアに有効。
PHNに冷感を伴う時は、抑肝散と麻黄附子細辛湯の併用。
熱感がある時は麻黄附子細辛湯では痛みを悪化させることがあるので越脾加朮湯を併用する。
その他のZAP治療法1.-理学療法
・レーザー照射療法:
低出力レーザーを用いることが多い。
作用機序は、血管拡張→血流増加→発痛物質を移動させる等。
・温熱療法
・電気刺激療法:神経・筋への効果。
・イオントフォレーシス:
イオン化した局所麻酔薬を経皮的・無痛的に皮下へ浸透。
皮膚表面の痛みを軽減。
その他のZAP治療法2.-運動療法
痛みの持続による血流障害・筋緊張で二次的な痛みを生じる負の連鎖を断ち切るために、運動を促してADL回復を図る。
筋力低下や運動障害などを予防するという観点から、薬物療法だけでなく運動療法も積極的に導入することがある。
・徒手療法:PTがストレッチやリラクセーションテクニックを使って手技を施す。
・PTと共に行う運動:PTが患者の体を動かす(筋弛緩運動や関節運動など)
・患者自身が行う運動:PTが指導し患者自らが運動する
・ADL訓練・歩行練習・動作練習
・装具療法・在宅改修
その他のZAP治療法3.-認知行動療法
PHNに認知行動療法を用いることがある。
痛みまたは痛みに影響する心理的、社会的要因に対してどのように認知し行動すべきかを学習することで患者自身で痛みを適切にコントロールする能力を獲得する。
参考
「大ちゃん先生に聞いてみた!帯状疱疹診療Q &A 」渡辺大輔