ロバライオン
イソップ童話『ライオンの皮をかぶったロバ』を見て思いついた作品です。
昔々、あるところにライオンがいました。
ライオンは年をとっていましたが、今なお筋骨隆々で、その狩りの腕は衰えというものを知りません。
しかし、ライオンはもう、森の王を名乗ってはいませんでした。やたら外に出ることもしていませんでした。
彼はただ、朝から小鳥たちの鳴き声に、耳をすますのが趣味だったのです。
ある日、ライオンのことをよく知らない、幼いリスが、ライオンの住むほらあなの前へとやって来ました。
「おじさんおじさん、どうしてお昼なのにゴロゴロしているの? 一緒に遊ぼうよ。」
するとライオンは、びっくりして目を見開きます。
「ぼうや、わたしと遊びたいのかい?」
「当たり前だよ。早く出ておいでよ。キレイなお花がいっぱい咲いてるから。」
ライオンがほらあなから出てきます。
リスは、ライオンをステキなお花畑に案内してあげました。
赤い花、ピンクの花、黄色い花……なんと美しいことでしょう。青くて不思議なチョウもいます。
「おじさん、見て見て。」
リスはライオンに、花でかんむりを作ってあげます。
こんな風に自分より小さな生き物とおしゃべりするのは、ライオンにとって久しぶりでした。前はもっと、敬ってもらってましたけど。
それでもライオンは、今この瞬間が、なぜかとても幸せでした。
しばらくして、だんだん日が暮れてきました。
「ありがとう、おじさん。また遊びに来るね。」
リスは礼を言い、ライオンと別れました。
リスが家に帰ると、リスのお母さんが、かんかんに怒っています。
「なんでライオンに近付いたりしたの! もうライオンに近付いたりしちゃダメ!!」
リスは、ライオンに合うことを禁じられてしまいました。
ライオンは長い間、リスが再びやって来るのを待っていました。」 しかし、リスはいっこうに現れません。」 ライオンは、自分でリスを迎えに行くことにしました。
ふと歩いていると、ライオンは人間の家の近くで、ロバの皮が置かれているのを見つけました。
キレイに毛が整えてあり、汚れなども見当たりません。人間がなにかに使うために用意しているようです。
「そうだ。わたしが本来の姿で行くと、他の動物達を怖がらせてしまう。ロバの皮をかぶって行こう。」
ライオンはロバの皮をかぶりました。
ライオンはまもなくリス達の村へ着きました。
ロバの格好をしたライオンを、リス達は暖かく迎えてくれました。
「ロバさんロバさん! 草っておいしいの?」
「ねえロバさん、ここに来る途中でおいしそうなキノコ見なかった?」
「あ、キノコなら、僕見たよ!! おいしそうな赤いキノコ!!」
もうてんやわんやです。
リス達は、いろんな木の実をふるまってくれました。また、昔から伝わる、一族の珍しい踊りを踊ってくれました。
ライオンは、お礼にと、リス達が普段行かないような場所の話をしてあげました。
ヘビのいる森や、底がないと言われる危険な池。
ライオンは、『おもしろい話をするロバ』として、またたくまに人気者になりました。
ライオンはそのことに、とても幸せを感じていました。
しばらくしたある日。
異変に気付いたのは、リスの、パン屋のおじさんでした。
「火事だぞ!!」
まるで獅子の咆哮のように激しい音を立てる炎が、リス達の村を包み込んでいました。
飛び出す火の粉はリス達に降りかかり、今にも獲物をしとめようとしているかのようです。
リス達は大あわて。
リスの中でもたくましい男たちが、みんなを安全な場所へ誘導します。
「全員逃げただろうな!! もう誰も残ってないよな!?」
「大変です!! 広場に子どもが一人取り残されているそうです!!」
「なんだって!?」
火はどんどん広がっていきます。これではもう手を出せません。
そもそもリスの体力では、火にもぐって仲間を助けるような重労働などできないのです。
「誰か!! 大型動物を呼べ!!」
「無理だよ!! 間に合わない!!」
崩れ落ちる町役場。無惨に朽ちた学校の旗。
リス達は絶望に叩き落とされていました。
いつもの平和な町はどこへやら。ただ炎の音と、崩れる建物の音が、無情に現実を突きつけていました。
近くの森でのんびり寝ていたライオンは、違和感に気付き、目を覚ましました。
「なんだろう。」
なにやら焦げ臭いにおいが辺りにただよっています。
「……いやな予感だ。」
ライオンは大急ぎで、リスの町へ走りました。
すると、なんということでしょう!! 町が燃えているではありませんか。
「大変なことになった。」
ライオンは、逃げて火事を遠巻きに眺めていたリス達に、今の状況を聞きました。
すると、まだ子どもがひとり、広場に取り残されているらしいのです。
「誰も助けに行かないのか。」
「今さら無理だ。行ったら自分が焼け死ぬ。助けてくれる大型動物も、いない。」
「わたしが行こうか。」
ライオンの言った言葉に、リスの一匹が、ぎょっとしてライオンの顔を見つめました。
「あんたはロバだろ。ロバにも無理だ。リスをおんぶできても、火を避けられない。」
他のリス達も、ロバの姿をしたライオンを、心配するような目で見ています。
ライオンはリス達から、少し距離を取りました。
そして、体を大きく揺さぶります。
ゴトリ。
音を立ててロバの皮が剥がれ落ちました。
「きゃああああ!」
リス達は悲鳴を上げて逃げていきます。その場には、静寂が訪れました。
ライオンはひとりでした、しかしちっとも辛くはありません。
「火を怖がる必要はない」
ライオンは、もう遠くへ逃げていくだけのリスたちに優しく声をかけると、高く高く、空高く跳躍しました。筋骨隆々の肉体が、赤い炎と、いつの間にか夕暮れになっていた空の色に照らし出されます。
ライオンはそのまま広場に突入すると、取り残されている子どもを探しました。
焦げつくにおい。ガラスの溶けるにおい。いやなにおいです。しかしライオンにはそれをどうにかする時間はありません。
ライオンは必死で炎の中をかけまわり、そして、リスの子どもを見つけました。
「あなたは……ライオンさん……!!」
それはあのとき、ライオンに花のかんむりを作ってくれたリスの子でした。
「さあ早く……!!」
リスはライオンの背中に急いでよし登ります。ライオンは軽やかに舞い、炎の中から逃げ出しました。
火事から離れ、森の近くでリスの子を下ろすと、他のリスたちが離れたところで話をしているのが聞こえてきます。
「あいつはずっと俺たちを騙していたんだ……。」
「火だってあいつが放ったのかもしれない。」
「ライオンなんか信用できない。俺たちを食うに決まってる。」
「もう、ここにはいられない……」
ライオンがここから立ち去ろうと、背中を小さく丸めていた、そのときです。
「ライオンさん、ありがとう!!」
リスの子どもが、ライオンにお礼を言いました。
「君が無事で、本当によかった。わたしはもう、ここを去る。」
ライオンはリスにそっと声をかけると、再び空高く、力強く舞い上がり、森の闇へ消えていきました。
それからライオンは、他のリスと遊ぶことはありませんでしたが、あのリスの子と、よく花畑へ行くようになったとのことです。
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