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『スパイス』 第1章 再会
楓は着陸より離陸の方が好きだ。フワッと宙に浮く感覚や、これから空を飛ぶのだというワクワクに満ち溢れているから。けれど今日は着陸が待ち遠しかった。早く会いたい。ライリーに。そしてジェシカに。
楓がアメリカでホームステイをしていた春から一年半が経った。その間も定期的に連絡を取り合い、電話やカードのやり取りもあったものの、長らく会っていなかった。
そもそも、ジェシカの家で過ごしていたのもたったの二週間だ。そう感じないのは、起こったことがあまりにも尋常でなかったからだ。
抽象的に言えば、長年の夢が叶った。
具体的に言えば、くすぐられた。
楓はくすぐられることが好きだ。それがライリーとジェシカにばれてしまった。というより、奇しくも二人も同じ性癖を持っていたのだ。信じられなかったけれど、本当に嬉しかった。
もちろんそれだけではない。性癖を除いても、楓は二人が大好きだった。だからお別れしてからというもの、ずっと恋しく思っていたし、もうすぐ会えるという今、そわそわと浮き足立っていた。
ついに到着し、ゲートの向こうに二人の姿を探す。出迎えの人だかりの中、二人を見つけるやいなや楓は走り出し、その勢いのままジェシカにぎゅっと抱きついた。懐かしい匂い、懐かしい感触―――。
「再会早々締め殺すつもり?」
「そんな気分よ!」
余りにも強く抱きしめる楓にジェシカが呆れて声を上げる。そう言いながらもジェシカの方からもぎゅっと力を感じる。
「やっと会えたわね」
ライリーにも吸い付くように抱き寄せられる。ずっと会いたかった二人。楓の心はすでにいっぱいだった。ばれないようにこっそり涙を拭った。
三人でジェシカの家へ向かい、リビングで互いに話をする。懐かしい時間。一つだけ違うのは、飲んでいるのが紅茶ではなくワインだということだ。
「私も21になったのよ。ここでも飲める!」
「法的にはね」
「実際はどうなの?」
楓は首を振った。実際はあまり飲めないのだ。
「ねぇ、お酒って強くなれる?」
「残念。耐性が変化することはないわ」
ライリーが空になった楓のグラスを遠ざける。
「そう。何かと一緒よ」
ジェシカの言葉を理解するよりも先に、楓の喉からアッと声が出た。ジェシカに脇腹を撫でられ、ソファの上で飛び上がる。
「フフ、変わってないわね」
一年半ぶりの感覚に、楓の鼓動が暴れ出す。
「ダメよ。カエデは疲れてるんだから」
ライリーがやんわりと止める。実際、長旅の疲れとワインで楓は少し眠たかった。けれど、
「いいよ」
ニッコリ笑ってそう言った。
「ちょっとならね」
正直にいえば、楓だってこの瞬間を待っていた。
「あら、随分素直じゃないの」
ジェシカが嬉しそうに言って、今度は脇に指を這わせた。甲高い悲鳴とともに楓の背中がずり落ちる。
「確かに、言ってた通りね」
ライリーの冷静な声が聞こえる――言ってた通りって?
「何?ジェシカは何を言ったの?」
「今まで出会った人の中でいちばん弱いと聞いているわ――私もそう思う」
ライリーに囁かれ、楓の顔にぶわっと血が上る。
「何照れてるのよ、極めて明白なことじゃない」
「流石のジェスも手加減するのが納得できるわ」
え、いま何て―――。
「なに!手加減してたの?ねぇどうなの、ジェシカ!」
「そうだけど――」
「ひどい!なんで」
「ジェスは優しさゆえに手加減してたのよ、カエデ。あなたが苦しまないように」
「分かるけど、でも――」
「ジェスが本気出したら、あなた嫌いになっちゃうでしょう?」
そんな訳ない。絶対にない。
「ならないよ!」
「本当に?」
「させられるものならさせてみよ!」
勢いよくそう言った瞬間、楓の両の肋骨にジェシカの手が添えられ、両手はライリーに絡め取られた。
「責任は取れるわよね?」
楓は竦み上がった。この二人を前に敵うはずなどない。くすぐられるとはどういうことかを思い出して、急に怖くなった。
「どうしたの?」
「………時差ボケ」
眠気などとうに覚めてしまっているが、楓はどうしても頷くことができなかった。
「そういうことにしといてあげるわ」
「そうね、そうしましょう」
「ありが―アッ――――――!」
最後に一瞬だけ襲撃されてから、楓は解放された。
ジェシカとライリーの優しさに感謝しながら、これから始まる波乱に楓は胸をときめかせた。
Next Episode…「渇望」
楓の時差ボケも治りついに万全になった翌日、互いに待ち焦がれた瞬間を前に、歓喜と恐怖の一夜を過ごす。
人物紹介
前のお話(ぐら目線)
前のお話(ぐり目線)
スピンオフ
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