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芥川龍之介のホラー「黒衣聖母」

 芥川賞をとれなかった文豪、芥川龍之介が書いたホラー短編「黒衣聖母」。最初に読んだときは、「猿の手」を思い出しました。皮肉な願望成就の話です。
 伝聞の伝聞という形は怪談話の定型ですが、さすがは芥川賞をとれなかった文豪だけあって、短いお話ながら読ませてくれます。青空文庫で読めるので、未読の方はせぜひ!
 メリメの「イールのヴィーナス」と比較する論もあります。
 この短い話を広げたい、とは誰しも思うのではないでしょうか?
 かく言う私も、恥ずかしながら拙い試みをしたのですが、足元にも及びませんでした。

プロローグ

 私が田代君から話を聞く形です。この漢字のカンジが良いですよね。古い文体は「探偵小説」という言葉に、ぴったりハマリます。

――この涙の谷に呻き泣きて、御身に願いをかけ奉る。……御身の憐みの御眼をわれらに廻らせ給え。……深く御柔軟、深く御哀憐、すぐれて甘くまします「びるぜん、さんたまりや」様――
――和訳「けれんど」――

「どうです、これは。」
 田代君はこう云いながら、一体の麻利耶観音を卓子テーブルの上へ載せて見せた。
 麻利耶観音と称するのは、切支丹宗門禁制時代の天主教徒が、屡(しばしば)聖母麻利耶の代りに礼拝した、多くは白磁の観音像である。が、今田代君が見せてくれたのは、その麻利耶観音の中でも、博物館の陳列室や世間普通の蒐収家のキャビネットにあるようなものではない。第一これは顔を除いて、他はことごとく黒檀を刻んだ、一尺ばかりの立像である。のみならず頸のまわりへ懸けた十字架形の瓔珞も、金と青貝とを象嵌した、極めて精巧な細工らしい。その上顔は美しい牙彫で、しかも唇には珊瑚のような一点の朱まで加えてある。……

芥川龍之介「黒衣聖母」

田代君の話

 田代君が私に麻利耶観音(マリヤかんのん)の像を披露します。
 麻利耶(マリヤ)の当て字がいいですね。

この麻利耶観音は、私の手にはいる以前、新潟県のある町の稲見と云う素封家にあったのです。勿論骨董としてあったのではなく、一家の繁栄を祈るべき宗門神としてあったのですが。

芥川龍之介「黒衣聖母」

稻見の素封家の話

 本題にまつわるディテールも読ませてくれます。稻美という素封家にあった麻利耶観音の逸話。
 黒檀を刻んだ黒衣聖母。
 当主の曾祖母が、跡取りの男児が患った病気の快癒を、この黒衣聖母に祈願した経緯と、その皮肉な結末が語られます。

「私はほんとうにあったかとも思うのです。ただ、それが稲見家の聖母のせいだったかどうかは、疑問ですが、――そう云えば、まだあなたはこの麻利耶観音の台座の銘をお読みにならなかったでしょう。御覧なさい。此処に刻んである横文字を。――DESINE FATA DEUM LECTI SPERARE PRECANDO(「汝の祈祷、神々の定め給う所を動かすべしと望む勿れ」の意……)」

芥川龍之介「黒衣聖母」

 ホラーというよりは「怪談」ですね。
 恐怖感情を煽るホラーは、やはり超自然が出てくるまで、自分の想像に怯える段階が怖い。
 そこを超えると、安いアクションになりがちです。
 オチはそれほど意外ではないですが、さすが文豪の手になると短い話のなかに、何とも言えぬ不気味さが見え隠れします。

AIが生成したイメージ

 芥川作品のあとで、自作を語るほど厚顔ではありません。が、AIに黒衣聖母のイメージ画を出してもらったのを披露して、お茶を濁すとしましょう。

 イメージをプロンプトに落とし込むのにワン・クッション。AIが生成する際にもうワン・クッションあるので、原作の記述通りにはなりません。
 あくまでもイメージです。

 とは言え、やはり自作もご紹介します。

『黒衣の聖母』ー大友宗麟の時代(戦国時代の初期)、豊前(福岡)の離島で起きた密室殺人にまつわる話。

『黒衣聖母の棺』ー同じ設定で、ホラー色を強くした別バージョン。

 別解釈の黒衣聖母にまつわる話です。ご一読頂ければ幸甚です。

#黒衣聖母 #芥川龍之介 #ホラー #AI画像生成

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