【科学夜話#15】フェルメールと顕微鏡
何年か前にフェルメール展で『真珠の首飾りの少女』を観たのですが、思ったより小さい(44 cm x 39 cm)な、という平凡な感想が第一に浮かびました。
フェルメールといえば、青「ブルー」なのでしょうが、照明のせいかターバンの末端の白が強烈に輝いていて、印象に残っています。
フェルメールとその作品を巡る狂想曲をご堪能ください。
フェルメールとカメラ
オランダの画家フェルメール(1632~1675)が活躍した1600年代は、バロック(いびつな)と後に呼ばれる様式が盛んになる時代だ。
同じオランダでは、レンブラントの鼻息が荒かった。
さらにフランドル地方にはルーベンスがいて、後にアニメ化によって人々の涙を誘う設定作りが進行していた。
日本では江戸時代に入っており、浮世絵が盛んになっている。
フェルメールはその精緻な技法から、カメラ・オブスクラ(ピンホールカメラ)や、カメラ・ルシダという手元の紙と前景が重ね合わさる、スケッチ器具を使った、と言われる。
この前後の時代に、透明なガラス製造の技術が向上し、レンズを作ることが可能になってくるのだ。
フェルメールとターバンの少女
フェルメールの代表作、「青いターバンの少女」、「ターバンを巻いた少女」あるいは「真珠の耳飾りの少女」と呼ばれるこの作品は、ターバンの鮮やかな『青』が特徴とされる。
フェルメール・ブルーとして知られるこの青は、ラピスラズリを原料とした、ウルトラマリンという顔料によるもの。このように鮮明な青色を保存したまま顔料にする技術は、13~15世紀にわたって開発されてきた。
フェルメールはパトロンに恵まれたため、この高価な顔料をふんだんに使用することができた。レンズ、顔料といった基盤技術が確立された上に、芸術という文化が成り立つわけで、フェルメールは時期的にも恵まれたと言える。
この作品の制作年代は1665年頃で、フェルメールが33歳くらいの脂がのった時期。
モデルがだれか気になるところだが、娘のマーリアだとすると年齢が合わない。モデルに関しては、フェルメールの妻や恋人や娘など諸説あるが、いずれも決め手を欠く。
この少女の構図は、1599年にグイド・レーニによって描かれた『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』として知られる、愛らしい少女像に似ている。
この作品へのオマージュという説もあるようだ。今ならパクリと言われるだろうけど。!
しかし、この少女像も作者はグイド・レーニではなく、エリザベッタ・シラーニではないか、と言われるようになった。さらに描かれているのも、ベアトリーチェ・チェンチではない、という説もある。
こうなると、もう何を信じていいのかわからない!
フェルメールと偽物
フェルメールは作品数が少なく、20世紀になって再評価されたため、贋作が多く作られた。
贋作者のなかで有名なのが、オランダの画家ハン・ファン・メーヘレンだ(1889~1947)。
メーヘレンの場合、作風のみでなくフェルメールが描いていない宗教画、というテーマに関するストーリーから創作していった。
またキャンバス、額縁はもとより絵具、絵筆、溶剤に至るまで自作して贋作を描いている。ここまでの執念なら、もうフェルメールの生まれ変わりとして、真作認定してあげたいくらいだ。
この贋作をナチス将校に売ったので、戦後になってオランダ国民から売国奴と罵られることになる。ナチスへの協力者として裁判にかけられたため、売りつけたのは自分が描いた贋作だと、やむなく告白する。
メーヘレン自身、意外と思ったか名誉だと思ったかわからないが、彼の自白にも係わらず、裁判官らは贋作だと信じなかった。
そのため、彼は法廷で実際に贋作を描いてみせて、贋作証明(?)するしかなかった。
その結果、ぶじ贋作と認められて(!?)、彼は売国奴から一転ナチスを欺いた英雄に祭り上げられた。
こうなると、もう何がなんだかわからない!
フェルメールと顕微鏡
フェルメール誕生と同じ年(1632年)に、同じデルフトの町にアントーニ・ファン・レーウェンフック(1632~1723)が生まれた。
この時代にガラスの透明度を上げる技術ができ、加工技術も進んでレンズが作られるようになった。
レーウェンフックは、顕微鏡の発明で知られる。
彼の顕微鏡は、直径1mmのレンズを金属板の中央にはめ込んだ単眼式で、試料台をねじで微調整することにより焦点を合わせた。
生涯をかけて500もの顕微鏡を制作し、さまざまなものを観察した。
レーウェンフックは顕微鏡によって、小さな水たまりの中にも異形の生き物がいることを知る。
それらを記録する手段として、「スケッチを熟達した画家に依頼した」と手紙に記載している。
そのスケッチだが、科学の記載の域を越えて、陰影やコントラストの技法を使った芸術作品になっている。
まさか! フェルメール作のミジンコ画像なんて、ロマンですね~~
レーウエンフックとフェルメールに交友関係があったと、明示的に証明するものはなにもない。
ただフェルメールの死後、レーウェンフックがその遺産管財人になったので、ふたりに面識はあっただろう。フェルメールの作品『地理学者』、『天文学者』はレーウェンフックがモデルだとも言われる。
フェルメールの死後に描かれたレーウエンフックのスケッチは、明らかに画風が変わり、以前のような精彩を欠いている、とのことだ。
現代の我々は、水中の微小な生物プランクトンに関する知識があります。
しかしそんな予備知識もなく、いきなり見せつけられたら、驚愕すると共に芸術的感興も芽生えたのではないでしょうか?
贋作の話に戻ると、私たちはX線の目をもっているわけじゃないから、 科学分析しないと区別できないのなら、その贋作の芸術的価値は同じなんじゃないの? と私など思うのですが。
AIによって生成される画像が流行っていますが、なんだかみな同じような画風に見えてしまいます。
結局、みんな描きたい理想像は同じで、どういう手法でそのゴールにたどり着くか、の問題かもしれません。とは言え、絵画の技法を習得せずとも、自分の思い描く図柄を具現化するAIは大したもの。
贋作者メーヘレンが知ったら、夢中になったかも。。。