【科学夜話#1】トランスジェニック鶏を知ってますか?
トランスジェニック鶏って?
聞き慣れない言葉だと思いますが、トランスジェニック・ニワトリとは、遺伝子組換え技術で作出した鶏のことです。
呪いのワード「イデンシクミカエ」がニワトリにまで及んだか、とお思いかもしれません。
安心して下さい! 卵を含めて食用ではないのです。
では何のために作られるのか、と言うと抗体医薬品のような高価なタンパク製品を安価に大量に生産するためです。
「抗体」とは生き物の身体のなかで、侵入してきた異物を識別して選択的にくっつき、排除する免疫システムの主要メンバー。
癌細胞などに選択的にくっついて死滅させる抗体を、人工的に作ったものを抗体医薬品と言います。
治療効果は高いけれど、タンパクは作るのが難しく高価なのが欠点です。
実は卵というのは安価なタンパク製品であり、ニワトリはタンパク生産工場、バイオリアクターなのです。
金の卵を産むガチョウならぬ、ニワトリというわけですね。
類似の技術
ダチョウ抗体
よく似た技術で、「ダチョウ抗体」を聞いたことがあるかも。
これはダチョウを免疫して、目的の異物にくっつく抗体を生産するもの。
ダチョウ抗体の場合、抗体自体がダチョウのものなので、目的物にくっつく抗体を作ることはできても、人の体内に注射することはできません。
マスクなどにくっつけて、選択的にウイルス除去など限定的な用途で使用されます。
キメラ鶏
農水省に関連した研究機関で見せてもらったのですが、ニワトリの元になる細胞同士を顕微手術で処理して、上半分は黒、下半分は白の別種のニワトリをくっつけたニワトリ作出技術があります。
職員の方に聴いたところ、「民業圧迫」になるので、特許など取っていないそう。
それはむしろ国益を損ねるのでは。
と思ったりしましたが、実際手技を見せてもらうと顕微鏡を見ながら精密手術を行う、というその担当者しかできない神業でした。
道具も工夫して自分で作っている、とのこと。特許化せんでもマネするのはムリだわな、と感心したものです。
キメラ鶏は、品種改良などに応用が期待される技術で、卵中に目的物を生産することはできません。
どこが難しいのか、トランスジェニック鶏の作出
ゲームやライトノベルでは、他の動物の遺伝子を注入してやると、すぐにキメラ・モンスターになったりします。
しかし実際、有精卵の初期胚に遺伝子を顕微注入してやっても、その遺伝子は働きません。
生物には侵入してきた外部遺伝子の『サイレンシング』、という能力があって、不活化してしまうのです。
サイレンシングとは概念を表す言葉で、実際のメカニズムにはわからない部分が多くあります。
侵入してきたウイルスを黙らせる機能で、抗ウイルスのための能力です。ウイルス側ではサイレンシングを突破することで、感染能力を進化させてきた、という綱引きが進化の過程で行われてきました。
日本の大学の研究室が、ある特定の時期に注入した外部遺伝子は、サイレンシングを受けずに発現し、目的タンパクを生産できることを見出しました。
特殊な処理をした人間の抗体遺伝子を、三分の一ほど切った有精卵に注入し、サランラップ(!)で封をします。
孵卵器に入れると21日ほどで雛が孵るわけですが、透明なサランラップ越しに黄身のなかで血液が脈打ち始めて心臓になり、やがて雛の形をしていくのは圧巻です。
卵殻のなかの黄身、白身が生命になっていく過程を直に見ることができ、我ハ生命ノ創造主ナリ、という気分になります。
全身でタンパクが発現しても生きている?
ニワトリの発生初期に、人の治療に使う抗体の遺伝子を入れてやると、全身で発現した目的抗体は血流にのり、卵に集積されます。
これまで、治療効果は高かったけど高価についた抗体医薬品が、安く大量に生産できる可能性があります。
懸念されることとして、全身の細胞、例えば脳細胞なんかで不要なタンパクができても、鶏本体は大丈夫でしょうか?
それを確かめるため、クラゲの発光タンパク遺伝子を注入してどの部分でタンパクができているか調べました。
するとトランスジェニック鶏は成長し、暗室でブラックライトに反応して全身が光りました。
全身の細胞で注入した光るタンパク質が作られていたのです。
解剖してみると、鶏本体はもとより、脳などの諸器官も光っているのがわかりました。
「よくこれで生きているな!」
生産されるタンパクが微量で、影響が少ない個体が成長できるようでした。
各器官で作られるタンパクは微量でも、卵には高濃度で蓄積されるので目的は達成されます。
遺伝子組換え動物って怖くない?
こんな風に組換え動物を作って、生態系は大丈夫?
もちろん、作った動物はもとより流入、排出するエアはへパフィルターで濾過され、完全に外部から隔離された施設内で飼育は行われます。
しかし、そんな配慮をしなくとも、人為的に造りだした生物が現存の生物を凌駕することはないと思います。
なぜなら、現存している生物はみな、地球に生命が誕生してから約35億年、進化の闘争を生き抜いて、現在の環境に最適化した勝ち組だからです。
そこにぽっと出の人工生物が出て行ったところで、淘汰されるでしょう。
でも、コロナのように新たなウイルスが世界を席巻しているじゃない?
それは、今の世界がいわば人間が作り替えた環境で、他の致命的な病気をもたらす病原菌や競争相手であるウイルスが排除された、これまでにない環境だからです。
結局、この技術どうなった?
このタンパク生産技術はなんやかんやの理由により、実用化には至っていません。
(関係者がみなくたばった10年後くらいのある瞬間、自動的に「なんやかんや」の部分が具体的な別の文章に置き換わる新機能が、noteに付与されれば面白いのですが。
ご検討いただければと思います)
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