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【科学夜話#20】細胞が「若返り」を起こすとき!?

 かつてナントカ細胞事件のとき、最初の報道でNHKの軽そうな兄ちゃんが、細胞が若返るなんて聞いたことあります? と興奮していた。 
 しかし、そんなのふつうの現象ですよ! 細胞生物学をかじった人は、みなツッコミを入れたと思います。 
 細胞が若返る「幼若化」現象は、コロナなどの感染に対抗する、免疫システムのひとつなのです。
(スピリチュアルや美容ではなく科学の話です)

PhotoACより

細胞は若返る!

 人の体を構成する細胞は、分裂を繰り返して増殖する。しかし成人になると、多くの細胞は分裂を停止して静止期(G0)になる。

 G0は細胞分裂の成熟期で、皮膚などでは細胞同士が接触しているため、接触障害という性質によって、これ以上の分裂が停止している。
 しかし物理的な損傷などの刺激により、周囲の細胞が増殖を再開して傷口を覆う。そして再び静止期になる。

 白血球の成分のひとつであるリンパ球は、免疫で重要な役割を担っている。リンパ球は、液状に浮遊する細胞である。通常、成熟したリンパ球が分裂増殖することはない。

 だがリンパ球を、植物性タンパク質のレクチンなどで刺激すると、成熟前の形になる。つまり若返りを起こして、細胞分裂しながら増殖するようになる。
 この現象を幼若化(blastogenesis)、つまり若返りという。

かわピクより

なぜ幼若化する?

 幼若化とは、制限のある「若返り」だ。
 あるマンガ家が描きたい作品を描ききり、創作意欲をなくして晩年を過ごしていたとする。
 それが若いマンガ家の作品に刺激を受け、デビュー当時のような意欲がよみがえって作品を描き始める。これが「幼若化」!

 リンパ球にはT細胞などがあり、外部から侵入したウイルスや癌化した細胞を除く働きをする。
 コロナウイルスなどは、外側をエンベロープという鎧で覆われている。リンパ球は、この鎧による刺激を受けると幼若化する。
 
 敵の侵入を察知し、成熟して分裂が止まっていたリンパ球が若返り、増殖を始める。つまり兵の数を増やして、防衛線を敷くのだ。
 これがリンパ球が、「若返る」意味である。

 植物タンパクであるレクチンは、ウイルスの鎧と同じような働きをするので、リンパ球を幼若化することができる。

 しかし幼若化反応では、一歩手前までしか若返らない。
 マンガ家が、若いときのマンガ家に戻るだけ。マンガ家が子どもになって、なりたい職業を変えて野球選手になることはない。

 そのような、どんな職業をも選べる可能性をもった子ども細胞は、「多能性幹細胞」と呼ばれる。

HANSUAN FABREGASによるPixabayからの画像

分化誘導のふしぎ

 生物実験はデリケートで、言葉にしにくいコツや技術がある。
 免疫実験をするためには、マウスなどの脾臓からリンパ球を取り出して、その他の細胞と分離する必要がある。

 この手技が未熟だと、取り出したリンパ球が多能性幹細胞のような、見かけ上のふるまいをすることがある。そんなときは、「ありま~す!」と言う前に、熟練の技術者に手技をチェックしてもらいましょう。
 その結果、「ありま~・・・せんでした!」と訂正する経験は、自分も含め多くの人が通る道である。

 幼若化と反対に、未熟な若者を指導して特定の成人、パン屋さんや花屋さんに導く現象を「分化誘導」という。
 ヒト前骨髄性白血病の培養細胞を、分化誘導物質であるDMSO(ジメチルスルホキシド)などで処理すると、正常なリンパ球のようになる。

 無制限に増殖する癌細胞が、正常な停止信号を受けつけるようになるのだ。
 分化誘導物質を、若きジェダイを導くジェダイ・マスターのような、正しき指導者として使う研究も行われている。
 癌の新しい治療法の模索だ。

イラストACより

シイタケは癌に効く?

 糖の分子がたくさん繋がったものを、多糖類という。
 シイタケに由来する多糖類などには、リンパ球を幼若化して免疫力を上げる効果がある。これを非特異的免疫増強という。
 特定の抗原に対する免疫ではなく、ぼわ~っと全体的にパワーが向上するイメージ。

 これは制癌剤(Lentinan)として実用化されている。
 丸山ワクチンとして知られ、1991年に白血球減少症治療で承認された「アンサー20®」も基本的に同じ作用だ。

 これらは、実験的にマウスに移植した癌には、劇的な効果がある。
 初めてこの制癌実験をみたときは、「もう制癌剤なんか、いらへんやん!」と思ったものだ。

 しかし、これには落とし穴がある。
 実験的に癌を移植されたマウスは、免疫系がダメージを受けていない。だから免疫力を増強すれば制癌効果が高い。

 だが実際の癌は、免疫力がなんらかの理由で衰えた場合に発症する。なので、非特異的免疫増強の効果が現れにくいのだ。

「若返り」は、永遠の夢ですよね。
 のんびりとストレスのない生活を送っていれば、老化しにくいのでしょうか?
 でも刺激の多い生活の中で、てきぱきと役割をこなしている人は、生き生きとして老いない感じです。
 それと同じように、体の中の免疫系も外部刺激によって若返り、敵に対峙する兵隊さんを増やしているわけです。
 やはり、月並みだけど適度に仕事をして適度に休む、というのがベストなのでしょうか。

#幼若化 #リンパ球 #制癌剤 #分化誘導


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