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「スリープ・オン・ザ・グラウンド」第24話

 巴投げ、背負い投げ、肩車に大外刈おおそとがり……。
 目を見張るような技のオンパレードに開いた口が塞がらない。スコップやバールを振りかざす男達に怯むことなく柔道部員の生徒達は技を決めた。流石は鬼山おにやま先生が鍛え上げた全国大会出場経験のある柔道部。窃盗団が気の毒になるほどの奮闘ぶりだ。

「うちの生徒に手をだした覚悟はできてんだろうな?」

 とても正義の味方とは言えない台詞に私は瞬きを繰り返す。
 鬼山先生の雄たけびと共に繰り出されるさすまたの威力ときたら。大人が数人吹っ飛ぶほどだ。
 私達は何を見せられているんだろう。
 ゲームのように次々と倒れていくカラスのメンバー達。体育館で繰り広げられる光景は戦国時代の合戦のようだ。
 戦闘の合間を縫って、柔道部の生徒達が縛られていた星野君と高倉君を救出する。私はその光景を遠くから確認してほっと一息ついた。

 戦場では戦うべき相手と自然と視線がかち合うと小説や漫画で読んだ気がする。何なら遠く離れた場所にいても好敵手の存在を感知できるものらしい。
 物語の世界を彷彿とさせるようにふたりの男の視線が交わった。

 鬼山先生とヒグマだ。

 ふたりは戦うことを運命づけられたように向かい合う。何だろう、このピリピリとした空気は……。
 何故か鬼山先生とヒグマの周囲に自然と空間が出来上がっている。巻き込まれるのを恐れたのか、それともふたりの威圧感がそうさせたのか。

「おおおお!」
「らああああっ!」

 鬼山先生が振りかざしたさすまたをがっちりとヒグマが受け止める。
 ふたりの夢の対決をずっと見ているわけにはいかない。今はこの混乱に乗じて宝が隠された場所を特定しなければ……。
 鬼山先生とヒグマの対決に気を取られている間、陣営に動きが見えた。

「逃げろ!」

 カラスのメンバーの男達が反対側の扉から出ようと試みる……がドアは開かない。自然と脱出口は私達が入って来た扉だけに絞られる。
 男達が私達の後ろのドアに殺到しようとしていた。
 鬼山先生と柔道部の戦闘をぼうっと眺めている場合ではない。私は瑠夏と目で合図すると瑠夏は大きく頷いた。私は瑠夏からボールを受け取ると、ふたりに向かって走る。
 こちらの進路を阻むように男が前に躍り出てきた。私は瑠夏に向かってボールを投げる。
 
「瑠夏っ!」

 瑠夏は目を光らせると、キュッと靴を鳴らして飛んだ。
 次の瞬間、目で追うことのできない威力と速さで小柄な男にボールが直撃した。
 これはお好み焼き屋の帰りに考えた作戦のひとつ。いざという時は瑠夏の強烈なスパイクで窃盗団たちに対抗する。そのために瑠夏は試合に臨む格好で来たのだ。
 ボールが飼い犬のように私の手元に戻って来る。

「ネズミ!大丈夫か!」

 瑠夏のスパイクの餌食になったネズミと呼ばれた男性は床に突っ伏して伸びている。伸びている男をそのままに此方に走ってきた。
 男は細目で何となく背格好も動物のキツネを彷彿とさせた。ネズミにキツネって……。カラスという窃盗集団は動物園か何かだろうか。
 もう一度ボールを上げようと、天井に向かって手を掲げた時。視界の端に火縄ひなわ君の姿を捉えた。

 どうやら私の意図したとおりに動いてくれているらしい。


 まさか文芸部の言うことを聞く日が来ようとは。
 騒動の中、ガンケースを背負いながら火縄竜ひなわりゅうは体育館の梯子はしごを上っていた。
 自分が認めた人物以外の指図は受けない。それが彼のポリシーだった。
 この世界は見た目が全てだ。容姿に肩書。あとは誰とつるんでいるか。
 だから愛想のない、根暗そうな文芸部の女子生徒の指示を受けるなんて例外中の例外だった。この緊急事態に彼女の指示を無視するほど馬鹿ではない。

 ここにきて初めて気が付いた。

 氷上紬希ひかみつむぎは恐るべき人物だ。

 窃盗集団が突然現れても、クラスメイトが人質に取られても、脅されても動じない。ここまでくると不愛想を越えて、超人だ。只者ではない。
 まるで「こうなることは全て予測していた」と言わんばかりの表情だった。
 計算ができるとか、記憶力がいいとかそういう類のものではない。氷上紬希のすごさとは一体何なのか……。

「想像力」

 キャットウォークに降り立ちながら呟く。
 架空の世界を描く小説は妄想に過ぎない。そんなものを作ったり生み出したりすることの意味が分からなかった。現実逃避するためのものというイメージが強い。
 あるいは教科書に載っている小説のように「人間とはこういものである」「人生をいかに生きるべきか」みたいな教えや教訓が書かれているものだと思っていた。
 だから小説はあまり好きじゃないんだ。俺に説教垂れるなと言いたくなる。

 小説が一体なんの役に立つのか。氷上紬希は実際に目の前で答えを出してみせた。
 目の前の出来事や人の心情を物語のように読み解き、現実の己の行動に繋げているのだ。特にこういう先が読めない非常事態にこそ想像力は生かされる。その力は生きていく上で最も重要な力のように思えた。

(やるじゃねえか文芸部)

 ガンケースからエアガンを取り出しながら火縄は息を吐いた。
 ライフル射撃の試合の時のように静かに銃を組み立てる。何年も同じことを繰り返しているので無意識でできる。
 競技に使われるエアライフルは空気を圧縮させて弾を飛ばす。そのため弾の形状も映画で見るようなものとは大きく異なっていた。人生ゲームの駒みたいに先端が丸っこい。もちろん殺傷能力はない。
 火縄は弾を込めると、ステージと垂直になるように横向きに膝立ちになった。キャットウォークからだと校歌のレリーフは低い位置に見えるから膝射しっしゃの姿勢が良い。
 左前膝に肘を乗せ、ライフルを固定する。リアサイトを覗きながらトリガーに人差し指を添えた。

 1時間30分。
 ライフル射撃という競技は様々な体勢から60発撃ち続けなればならない。一発撃つごとに次弾を装填しなければならないから1時間30分という時間は長いようで短い。
 集中力と忍耐力だけでなく約5キロの銃を支え続ける体力も必要だ。
 姿勢、角度、高さ、銃口の位置……。どれかひとつでも狂えば終わりだ。
 やがて周囲が無音になる。
 的を前にすれば呼吸さえ邪魔になる。
 出入口すぐ上のキャットウォークから校歌のレリーフまで直線距離、約33m。体育館の広さの基準はバスケットコートになっていることを考えればそれぐらいである。
 普段は50m先の的を狙っている。余裕の距離だ。撃つ抜く対象も普段の的よりずっと大きい。

(今だけお前のことを認めてやる)

 息を軽く吸った後、呼吸を数秒だけ止める。

 タンッ

 空気を切り裂くような乾いた音が響き渡る。
 銃弾は校歌のレリーフ、『ダイヤ』の文字を撃ち抜いていた。


「さすがライフル射撃部」

 私は火縄君がやり遂げるのを見届けた。火縄君ならやってくれるだろうと確信していた。性格は如何なものかと思うけど火縄君の腕は確かだ。認めたくないが今は彼の才能を認めるしかない。
 火縄君が最後の文字を撃ち抜くと同時にゴゴゴゴとどこかで扉が開く低い音が聞こえてきた。

「どこか扉が開いたぞ!」

 カラスのリーダーがキョロキョロと周囲を見渡す。
 私も耳をそばだたせ音が聞こえた場所に見当をつける。宝が隠されているであろう隠し扉は恐らくてあそこ……。ステージ横の用具室だ!

 私とカラスのリーダーがほぼ同時に同じ方角に走り出そうとした瞬間。
 パトカーのサイレン音が鳴り響いた。カラスのメンバーたちの焦燥や絶望が空気感から伝わってくる。
「やべえ」「終わった……」という呟きが巻き起こる。工具を振り回していた者も戦意喪失したらしく、何も成すすべなく柔道部の技に掛かっていた。
 鬼山先生とヒグマの激戦も一時停止してしまう。

「そんな馬鹿な……!こんなに早く警察が来るはずがない」

 カラスのリーダーの目が見開かれていくのを私は確認し、心の中でほくそ笑んだ。
 驚くだろうな。誰も通報していないし、お祭りの交通整備やパトロールに忙しい警察が学校の異変に気が付くなんてことはあり得ない。なのにどうしてサイレンの音が聞こえてきたのか……。
 私達の背後の出入口からひょっこりと後ろで手を組んだ和久君が姿を現した。

「警察がすぐそこまで来てますよー!」

 お好み焼き屋の帰り道に考えたふたつめの作戦。
 それが偽のサイレン音を流すことだった。
 和久君にはあらかじめボイスレコーダーに録音されていたデーターを大音量で流してもらったのだ。
 クイズ部では問題文の読み上げのためにボイスレコーダーを使用するらしい。早押し問題ではアナウンスで読み上げられるらしく、実践形式で練習しているのだ。
 私のストーリー展開通り。カラス達の動きが完全に停止し、戦意喪失させることに成功した。

「はい。皆さん!お静かに!」

 聞き馴れた手を打つ音。
 これから授業でも始まるのかと思わせる雰囲気に、宝の元へ急ごうしていた私の足が止まる。
 和久君の後ろから姿を現したのは清水きよみず先生だ。

「貴方達に盗みを依頼した首謀者は今私が捕まえました。逃げても無駄です。大人しく投降とうこうしてください」
「カラスと手を組んでたのは清水先生達じゃなかったんだ?じゃあ、誰なの?」

 鬼山先生が私達を助けにきた瞬間、私達の味方であることが確定した。
 だとしたら……あの人しかいない。

 私は息を呑んで体育館の出入口、清水先生の隣にいるであろう黒幕に視線を移した。

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