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追い風と逆風を見極める。それだけで、人生は楽しいものでしかなくなる。

こんにちは、スピリチュアルライター・Cocoです。全国的に暴風が吹き荒れた昨日にちなんで、本日は「人生の追い風と逆風」をテーマに、お話をしたいと思います。
ここでいう、「追い風」「逆風」とは、スピリチュアル的にいえば、「サイン」と同義のようなもの。日々、人として生活を営んでいると、イラっとしたり、モヤモヤとした気持ちを誘発する出来事も絶えないものですが、それらひとつひとつを「風」と捉え、その風向きをじっと見極めることで、人生の展開は幾らでも転がすことができることを、筆者は身をもって知りました。
すると、嫌なことがあったとしても、嫌なことのままで決して終わることはないのです。そうしたことも嬉しい出来事へと転がしてゆくことができるようになれば、人生はもっと生きやすく、理想とする現実がよりスピーディに実現しはじめることでしょう。さぁ、それではここでいう「風」とはどういったものを意図するのか、早速、筆者の実体験をもとにお伝えします。

ゲームをやりたがる娘にモヤモヤした、ある日の朝

それはつい昨日のこと。強風に心まで揺さぶられた、2023年3月18日の出来事でした。朝、いつものようにゆっくりと起床し、リビングへ降りてくる娘。そして、トイレを済ませるよりも早く、一日のはじまりに母親である筆者へねだることといえば、そう、「ゲーム」。彼女は最近、iPadでプレイする某“ものづくりゲーム”に熱中しており、昨日も案の定、そのゲームをしたいと訴えてきたのでした。
その言葉を受けて、一瞬、快諾を躊躇う筆者。ゲームは一度はじめると、さっと切り上げることが難しいため、このあと保育園へ登園しなくてはならない娘に、朝食もそっちのけでだらだらとゲームをしてほしくないという気持ち。そして、せっかくの気持ちいい穏やかな朝なのに、デジタルのものばかりに触れているのは、なんだか気分が悪いという気持ち。挙げればキリのないそんな思いたちが、筆者の頭の中をぐるぐると入り乱れます。

娘のわがままを仕方なく聞いた結果…筆者の身に起きたこととは!?

このように娘の要求に対し、自身の意図が反する場合は、すぐには引かず、一度はラリーをするようにしている筆者。
「朝はゲームをやるの、やめてみたら?」「せっかく気持ちいい朝だから、ゲームをしないで過ごしてみようよ」
ゲームをやりたくて仕方がない娘。当然、そんな母からの提案をすんなり受け入れてくれるはずもなく、駄々をこね続けます。
そして結局、ここで筆者は、渋々と娘の駄々を受け入れ、娘にiPadを手渡すということを選んだのです。

当然ながら、どこかモヤモヤが消えない筆者の胸中。その後、出発時間が訪れ、保育園へ車で送迎するも、その道中で「なんでそこに停めるの」という路上駐車に出くわしたり、なぜだか不意に運転に迷いが生じ、つまらないことで後続車からクラクションを鳴らされたり、普段当たり前のようにできていることが、スムーズにいかなくなるということが起こったのです。
ーそう、これこそサイン。この例でいえば、決して好ましくない事々が「逆風」として吹き始めたのです。
日頃から、現実で起きていることに対し、人一倍意識を向けている筆者は、すぐに今朝の娘との出来事を思い返し、あの場面で、筆者が自身の本心に妥協したことが、こうした逆風を吹かせているのだと考えました。

明日こそ、ゲームをやめさせよう。そう決意した瞬間、起きたこと

そうとわかれば、この負の連鎖を断ち切るべく、自身の本心に沿って、新しい行動を起こすまで。「明日の朝は、娘にゲームをさせるのをやめてみよう」と心に誓ったのです。
すると面白いもので、次の瞬間に保育園から一斉配信型の連絡メールを受信。それによれば、「明日は卒園式を実施するため、●●●組(=娘のクラス)のお子様は、9時までに登園してください」とのこと。平常時であれば、朝は9:30までに登園すればよいというのが、筆者が利用する園のルール。それが卒園式というイベントのため、いつもより30分早く登園しなくてはならないという旨の連絡だったのです。

そう、勘の良い方であればもうお気づきかもわかりませんが、これも「風」のひとつであると捉えた筆者。いつもより早く家を出なくてはならないなんて、これほどまでに、ゲームを止めさせるための格好の理由はありません。「風」の中でも、筆者の決意を後押ししてくれる「追い風」であると考えまたのです。

翌朝もゲームをねだる娘。それに対し、筆者が出した答えとは

そして、いよいよ訪れた翌日の朝。筆者の決意が試される瞬間がやってきました。昨晩は寝る前に、「明日は卒園式だから、早めにおうちを出る」と伝えていたせいか、いつもより30分早く起床し、リビングへ下りてきた娘。そして、今日もはっきりと彼女が口にする言葉、それはもちろん「ゲーム」の三文字。このとき、筆者の中では激しい葛藤が生まれます。
「娘はいつもより30分も早く起きた。家を出発するまでには、十分時間に余裕がある。朝食の時間も確保できる。これはゲームを許すべきなのか」

娘は「ゲーム」「ゲーム」と駄々をこね続ける中、筆者も「少し考えさせてね」と時間を稼ぎます。
「早く起きれたのだから、その成果として手に入れた自由時間は、好きなことをさせてやりたい」。しかし一方、朝のリビングで、娘がゲームをしている姿を目にしていることが、どこかいい気がしない筆者。このままこちら側の意志を突き通すか否か、真剣に悩んでいた中、もうひとつの新たな選択肢が不意に浮かんだのです。
そして「そうだ、そこの中二階の机でゲームをするならいいよ。●●時になったらちゃんと止めるんだよ」と娘に提案。
実は筆者家のリビングには、すぐ近くに中二階スペースがあり、ちょっとした仕切りもあるその空間は、仕事や勉強に最適な集中スペースとして設置されたもの。その中で、ゲームをやってもらえば、少なくともリビングにいる筆者とは視線が合うことがないため、リビングの真ん中でゲームに熱中されるよりも、母親側もストレスを感じないのでは…と考えたのです。

筆者が出した第三の答え。その結末はいかに

とは言え、当初の決意である「朝はゲームをやらせない」という方針からは、脱線するこの選択。どのような結果が待っているか…ハラハラしながらも、ものは試しに、いつもと場所を変えて娘にゲームをプレイさせてみたのです。
条件つきではあるものの、「ゲームをやっていい」という母親からの一言に大喜びをする彼女。
早速、意気揚々と筆者の指定した席につき、ゲームをはじめます。
さぁ、このあとどんな結末が待っているのか。筆者は朝の支度をしながら、娘のことをちらちら気にしながら過ごしていた、そのときです。
約束の時間まであと数分というところで、ゲームのセーブボタンに指をのばした娘。そして、iPadから離れ、パパとママのいる食卓へ腰を下ろしたではありませんか。きちんと正座もして、朝食もしっかりと食べてくれた娘。食後、すぐにまたゲームをやりたがりはしたものの、車の中で続きはしようというこちら側の提案ものんでくれ、保育園へ予定通り出発することができたのです。その後も、保育園へ到着するやいなや、聞き分けよくゲームを止め、上機嫌で登園をしてくれた娘。それは、ここ数ヶ月で最もスムーズな保育園の日の朝だったといえるかもしれません。

おわりに

本日も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。本稿の中では「迷惑な路上駐車」や「後続車からのクラクション」という形で、逆風を感じたエピソードをご紹介しましたが、もし、あのときにこの二つの出来事に対し、「今日は運が悪かった」「自らの運転を改めなくては」と捉えていたとしたら、おそらく現在も尚、娘のゲーム問題にモヤモヤを抱えたまま、より顕著な逆風が吹き荒れていたのではないかと推測しています。
もちろん、自分に非があることは、悔い改めるべきことは言うまでもありません。しかし、「普段の自分であれば、こんなことはしないのに…」ということがきっかけで、何かよからぬ出来事が起きている場合には、その出来事を誘発している原因が、他に潜んでいる可能性も大いにありえると思うのです。
ぜひみなさまも、こうした逆風や追い風を感じながら、人生を面白い方、心が喜ぶ方へとどんどん転がしていっていただければ幸いです。それでは次回もどうぞお楽しみにお待ちください!

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