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Back to the world_004/渡船

 バス停では高校生たちが人の波を作り、まさにごった返してバスに乗り込むところだった。純と佐内はバスには乗らずに脇道へ入った。
「痛っ!」
「やめて!」
リーゼント頭の先輩たちが後方から強引に横入りして行くのが見えた。オラオラと生徒たちの間を乱暴にかき分けて進んで行く、自意識過剰な姿があまりに珍妙に見えたので指差して2人で笑った。
「あのボンタン(太い変形学生ズボン)、常軌を逸してない?」
「いや、袴なんじゃないの?めでたい!ははは」
「リーゼントの先にエビ載っけたら正月ぽいよね」
「あいつ、『お正月』って名前にしよう」
ふざけながら坂道を下ると潮の香りがした。


この辺りは小さな漁師町で、ブイや干物が軒先に置いてあった。二人は佐内がクラスの後ろの席の相馬から聞いたという船着場へ向かっていた。
野球部所属の相馬は高校の近所に住んでおり、この辺りに詳しかった。野球部には動物みたいな奴らばかりでロクなのがいないという印象だが、
相馬はいかつい雰囲気に似合わず落ち着いており、冗談のわかる男だった。
この町は中学校区が2つあるくらいの広さだが、正確には本州から切り離された『船島』という島になっておりーーと言っても橋の長さは30mにも満たなく地続きのようなものなのだが、相馬は自虐を込めて自分達の事を『島民』と呼んでいる。
純と佐内は『渡船』という特別な響きに憧れ、今日は船で帰る約束をしていた。混雑するバスを避け船で通学する変わり者も少なからずいて、それらになってやろうという心算だった。高校の通学に、船を使うーー変わり者を自称する二人には魅力的だったのだ。


船着場への道中、落ちていたのは韓国語で書かれた牛乳パック、よくわからない海藻とタマネギ(別々)ーーそれらは2人の不安と好奇心を煽ったが、通勤通学に使われている船着場はそれ以上の物ではなかった。

船頭が漁師らしい深い皺を刻んだ強面をしていたぐらいで全体的には落ち着いた日常、という雰囲気だった。■


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cocktail
とにかくやらないので、何でもいいから雑多に積んで行こうじゃないかと決めました。天赦日に。