腐女子向け、非実在の戦争のきほん①
軍人キャラは好きだけど戦争がどう行われるのかはよくわからないという腐女子、結構いるのではないか。
そこで、あえて腐女子が腐女子向けに、「人間の集団同士の戦いの基礎」の説明を試みようと思う。うまくいくかどうかわからないが、BL・やおいの参考になれば幸いだ。当然、百合や異性愛、その他の繁殖形態のカップリングなどに転用してもらっても構わない。
一応中学の社会の授業を漠然と覚えているラインへの説明を目指した。なので、既に社会科科目ファンの腐女子には、めちゃくちゃ退屈な話だと思われる。「そんなもん知ってるわ」という人には申し訳ない。
戦争のフィクションの話をするときの、基本ルール
この手の知識が役に立つジャンルに共通して言えることだが、実際の歴史・政治・軍事はセンシティブなジャンルである。
特に近代以降、遺族や関係者が存命の戦争の話題に触れるときは、気をつけなければいけない。
例えば、何かと随所で話題にされる第二次世界大戦は、政治的な思想と直結しており、「荒れる話題」の筆頭格だ。本来真面目に話すには、相当に高度な知識が必要で、それらを獲得するには長い時間と、高額の文献費用がかかる。そこに至るまで力を入れないならば、お触りしないのが良いだろう。
本邦は言論の自由が保証されているので、インターネット言論バトルに参戦する覚悟をするという選択もあるにはあるが、個人的に全くおすすめしない。
この記事では、「知識を利用して、架空の世界・架空の軍隊による実在しない戦争を書くこと」を強く推奨している。
① 戦争はなぜ起こるのか
これが考えられていないことは結構多く、ここがきちんとしているフィクションはセクシーである。
戦争が起こる理由はたくさんあるが、総括して言うと、「外交に失敗した」からだ。
可能なら、戦争をせずに、話し合いの段階で相手に言うことを聞かせるのが一番良いのだ。
問題は話し合いが拗れた場合に起きる。お互いあるいはどちらかが、ぶん殴って言うことを聞かせようという発想に至るのだ。
戦争をするというのはとにかくお金がかかる。お金がない時代は、食料は資源などの財産を直接消費した。もちろん人命そのもの、つまり人材も重要だ。負ければとんでもない赤字を出す。あるいは、勝っても損害を巻き返すほどの戦利は得られないこともある。余計な出費をしたくないのはいつの時代も同じだ。
なので戦争の前に話し合いに失敗した描写があると、説得力が上がる。
この辺の解像度を上げたい人は、外交について調べてみるのがおすすめだ。
② 個人の戦いが戦争になるまで
戦争の基本は徒歩で戦う人である。全てはここから始まった。
これから歩兵の戦いの発展を簡略化して説明する。腐女子の読者はぜひ受け攻めを考えながら読んでほしい。
とりあえず、原始人のAさんとBさんが殺し合う仲だとする。
原初、お互い素手である。殴り合っても決着がつかない、あるいは引き分けてしまい、埒が明かない。そこでAさんはひのきの棒を装備した。武器の発明である。すると、Bさんも棒を持ってきた。長さは同じぐらいだ。
次に、Aさんは相手より長い武器を考えた。より長いひのきの棒だ。槍の発明である。ところが、またもやBさんもなが~い棒を持ってきた。
諦めないAさんは考えた。これ以上長い棒を持つのは難しい。そこでひらめいた。石を投げつければいいのだ。飛び道具の発明である。当然、石を投げられたBさんも石を投げつける。
困ったAさんは、石よけに木の板を構えてみた。盾の発明である。この道具は、うまくすれば槍も石も防ぐことができる。使い道が多そうだ。当然のように、Bさんは同じ発明を返してくる。
この状況でAさんがBさんを殺すにはどうすればいいだろうか。Aさんは参加者を増やせばいいことに気づいた。戦争である。
③ 組織の運営
参加者を募り、人が増えたことで、Aさんは考えなければならないことが増えた。
「より強い装備」と「どのように人を動かすか」だ。
まずは武器である。ひのきの棒の先に、石をくくりつけてみた。これでただの棒より強いはずだ。そのうち誰かが金属を精製することを思いついた。マインクラフトで言うところの銅である。棒の先には、石に変わって、とがった青銅器がくくりつけられた。青銅というのは金属の中ではとても柔らかい部類だ。可能なら、もっと硬い素材がいいだろう。やがて槍の先端は鉄になった。
飛び道具はどうしようか。Aさんは木の棒をいじりながら考えた。この棒がしなることを利用して、石をより遠く、より速く飛ばすことはできないだろうか。木をしならせて、両端を紐でつないだ。紐の中央に石を引っ掛け、引いて離すと、木のバネ力で石が飛ぶ。スリングショットだ。またもや誰かが、これを利用して、先端が尖った小さな槍を飛ばすことを思いついた。しかし、小さくとも棒を真っ直ぐ飛ばすのは難しい。棒のお尻に羽をつけて安定させることにした。弓矢である。
次に人を動かすことの問題だ。
最初AさんとBさんだけだった戦いは、だんだん参加者が増えていった。
一人で指示ができるのはせいぜい3人、多くて4人だ。参加者が30人、50人と増えていくと、もはや個別に指示を出すことは不可能だ。AさんチームとBさんチームは、顔を合わせるたびに、各人が好き放題殴り合う乱闘騒ぎになった。
一進一退である。絶対に負けたくないAさんは考えた。全員がまとまって、規律正しい動きをすれば、勝てるのではないだろうか。戦術である。
AさんとBさんには、お互い100人の人員がいたとしよう。
Aさんは味方を半分の集団に分けた。それぞれの集団に、限定的な役割を持たせるのだ。一つの集団には弓矢をもたせた。もう一つの集団には、盾を装備させて隙間なく並ぶよう密集させ、槍を構えさせた。歩兵の基本戦術、ファランクス(密集陣形)である。
かくして二人の間で本格的な戦争が幕を開けた。
戦闘の経過を見ていこう。
④、戦闘の経過
「見方がわからない」と言われがちな例の図である。
アレルギーのある人もいそうだが、おちついてよく見てほしい。
これは軍隊全体がどのように布陣しているかを表している。
左側に、それぞれの四角形が何を表しているかの説明がある。
この場合は、ただの四角は適当に近接武器を持った歩兵、バッテンがあるのは密集隊形をとった歩兵、ドットが打ってあるのが弓兵である。このような兵隊の種類を表す記号を兵科記号という。戦いによって表す必要がある概念の種類や細かさが違うので、だいたいは画面の端っこなどにどれが何を表すのか説明が書いてある。兵科の概念はキャラクタライズにとても役に立つので、覚えておくと良い。
AさんとBさんの軍隊の総数は同じ100人としよう。Aさんは人員を50人ずつに分けた。Bさんは単に100人に各々好きな武器をもたせただけだ。
Aさんは、前衛のファランクス隊には、単にその場に留まって耐えるように指示しておき、自身は後衛の弓兵の指揮を執る。
Bさんは、単に全体に突撃の号令をかける。
通常、射程の長い武器から順番に攻撃を行う。まず最初に弓矢である。飛び道具というのは使い切りだ。射撃できる回数には制限がある。
より有利に飛び道具を飛ばすには、まとまって一斉に射撃するのがよい。1本だけ飛んでくる矢は殆ど相手に当たらない。Bさんの軍隊には弓矢を装備している人もいるし、いない人もいる。対して、Aさんは弓矢で固めた50人が合図で一斉に射撃することが可能だ。50本同時に飛んでくる矢を避けることは難しい。
加えて、Aさんの前衛には、盾を持ったファランクスがいる。彼らは頭上にも盾を掲げているので、Bさんの矢はあたらない。弓矢の有効射程自体が、ファランクスの前衛がいる分、Aさんのほうが長いことになる。
図説するとこうなる。
こんな感じだ。
矢が降ってくる中、どうすればよいだろうか。
Aさんの弓兵は、目の前に味方がいるので、射撃は上空に向けて、矢が味方を飛び越えるように射らなければいけない。Bさんのチームは最初の射撃戦で、人員の多くが地面に倒れたが、前進する。
Bさんチームの残った集団は、ついに弓矢の射程圏外に入った。ここからは頭上を気にせずに接近戦である。
ところが、盾を構えて厳重に防御態勢に入ったAさんのファランクスは、闇雲に殴るだけではなかなか突破できない。しかも盾の隙間からはハリネズミのように槍が飛び出しているので、うかつに接近すると串刺しにされてしまう。Bさんチームは完全に足止めをくらった。
ここで弓矢が不要になったAさんチームの弓兵が、近接武器に持ち替えた。
向かって右側から、近接戦闘を援護する。Bさんの左側が包囲されてしまった。
包囲とは、文字通り相手を取り囲むことだ。単純な歩兵対歩兵の包囲の場合、囲む側が有利だ。なぜかというと、包囲されている側は、中央部分で余っている人員が敵に接触しておらず、戦いに直接参加できない人が出てしまうからである。対する包囲側は、包囲される側より接敵する周が大きいので、より多くの人員が戦闘に参加できる。
しかも、射撃戦でも負けたあとなので、全体で戦いに参加できる人がそもそもAさんチームのほうが多い。この時点で勝敗は決した。
Bさんの詰みである。ミリオタ的に言うと、Aさんの決定的な勝利、あるいはBさんの決定的な敗北である。こうなったら巻き返す手段は地球上には存在しない。フィクションにおいては、こういった自体を巻き返すためにしばしば魔法や超能力といった、超常現象が用いられる。それぐらい、もはや泣いても喚いても戦局は覆らない。
AさんはBさんの軍団を全滅させることに成功した。ここに至ってはBさんの末路は、戦死、あるいは捕虜、あるいは仲間を見捨てて向かって向かって右側に逃亡……などである。
個人的には残り数名まで減らされたときに降伏してくれると興奮するが、こういったシチュエーションにはあらゆるドラマが起きうる。二人の結末について、腐女子各位が好きなように考えてほしい。
しかしながら石器時代から殴り合ってきた相手をやっと叩きのめし、Aさんはどんな気分だろうか。勝鬨をあげたり、諸行無常を感じていたり、ただ沈黙して勝利を味わっていたり……するのかもしれない。
⑥、BLのために非実在の戦いを書くこと
以上、原始的な古代の戦争の形態を、ものすごく簡略化して説明した。この戦いは実際には存在しない。
ファランクス戦術は、古くは紀元前2500年ほどから壁画に見られる、本物のアンティークである。
「構成要素が複雑すぎる!」と思った人も多いのではないかと思う。この複雑な事態が、4500年前から行われている人間の営みだ。
戦争を更にリアリティのある描写にしようと思うと、両軍の戦意と練度の違い、補給の有無、更に指揮官であるAさんとBさんの人徳……etcといった、より複雑な要素が戦局に関わる。敗因や勝因を一概には言い切れないものは、複雑かつ高度に作られた描写と言える。
ところで、読者の中にはこう思った人もいるだろう
「BさんがAさんの前衛を迂回すればよくね?」
気づいたあなたはえらい。
迂回するにはBさんのチームが集団行動できるよう、Bさんが命令を出し、統率が取れている必要があった。
100人の集団に同じ行動をさせることは大変難しい。避難訓練と同じである。しかも武器を握って相手を殺すつもりになった人間は興奮状態なので、高度な思考は限定される。大体の人間は、ドッジボールをしながら算数を解くことはできない。
この点、Aさんは、予め集団に役割を与えておくことで、指示自体を簡略化した。Aさん本人が出した指示は、弓兵の射撃の合図と、「抜剣して右方から攻撃!」だけだ。
Bさんが最前線にいなければいけないのに対し、Aさんは後衛にいるので、前に出て戦うより冷静に状況を俯瞰できるメリットもある。
また、上から配置だけ見ていると見落としがちだが、平地だとファランクスの真後ろにいる弓兵は見えない。偵察の重要さ、z軸に気を配ることの重要さもよくわかると思う。もしもBさんがAさんの布陣を事前に知っていたら、結果は大きく違っただろう。戦争の大部分は、情報戦でもある。敵についてよりたくさんのことを知っているのが大切だ。
戦いのはじまりから決着に至るまでは様々なドラマがあり、それがオタクを魅了してやまない。
そしてこういうシチュでBLをやったら最高だと思いませんか?
次回!「一番エッチな兵科は騎兵」!(予定)Casus Belliスタンバイ!
おまけ・重装歩兵の密集陣形が見られるコンテンツ
「第九軍団のワシ」(映画)
Amazon Primeにある。原作は英国を代表する児童・歴史文学作家、ローズマリー・サトクリフ。女性である。序盤で、ローマ軍団のテストゥド(亀甲隊形)が散兵に突入するシーンが有る。
男性二人の人間関係が濃く、嬉しい。推しである。よろしくおねがいします。
「ゲーム・オブ・スローンズ」 シーズン6第9話、落とし子の戦い
ネタバレを控えた方が良いコンテンツなので、あまり多くは語れない。
ラムジー・ボルトンの軍団がジョン・スノウの軍団に行ったのは、重装歩兵の包囲の基本戦術である。見たことがある人は思い出してみてほしい。
ゲーム・オブ・スローンズは、各所で気合を入れた戦闘の描写がなされており、オタクが見ると戦術あるあるの宝庫でとても良い。
参考文献
戦闘技術の歴史1 (創元社、S.アングリム他、2008)
飛び道具の人類史 (紀伊國屋書店 、アルフレッド・W. クロスビー、2006)
修正履歴
2021/02/05 誤字を訂正
2021/06/28 誤字を訂正、太字部分を追加、数字の表記をアルファベットで統一する方針へ
頂いたサポートはそのまま本代に流れます。