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思い出は箱の中に


彼女が、僕のことを大事にしている感じは
正直あまり見えない。
でも、「ポコちゃん」とあだ名をつけてもらい、
彼女が行くところにはどこへでもついていった。
いつも一緒だった。

彼女が泣いているときは、
手を貸して見えないようにした。
彼女のうろ覚えの歌も、たくさん聴いた。
彼女の笑い声にも負けないくらい、
大きな声を出した。
朝ごはんもほぼ毎日、一緒に食べた。
せっかちな彼女に、「危ないよ」と注意もした。

今日は、行ったことのない場所に向かってる。
彼女はまた今日も泣いている。

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「空みたいな青い軽自動車」と父は言った。
スズキのワゴンRだ。就職祝いで贈られた。
当時「車の運転なんて怖くてイヤ、いらない」と
文句を言っていたのに、今では車がないと
生きていけなくなってしまったようだ。
当たり前だが、どこへ行くにも車で行った。

車検も3回出した。
中古車だから、点検事項にいつも引っかかる。
そしてとうとう4回目の車検を迎える年、
エンジンの調子がどうもおかしい。
「ガタ」という言葉の通りガタガタしてきた。
10万キロ以上の走行。5分の4は、私だ。
廃車手続き、次の車の購入、が必要になった。
次の車は「真っ赤なラパン」。
私はもともと赤い車が欲しかったので、
購入まではトントンと進んだ。

新しい車の納車に向かう途中で、
私のポコちゃんとの日常が目をチカチカさせた。

寝起きの悪い私は、
朝ごはんを車で運転しながら食べていた。
そのせいでポコちゃんはパンくずまみれ。
仕事で打ちのめされた時、
ハンドルにおでこを乗せて何時間も泣いた。
誰も聴いてない車の中だからこそ、
歌詞に自信がなくても大声で歌った。
友達を乗せて、大笑いした時、
気のせいかエンジンの音も大きくなった。
急発進をすると、
「急発進です。安全運転を心がけましょう。」
と小言を言われた。

チカチカチカチカ…

車屋さんに着いた。初めてくるところだ。

相変わらず車体は丸くてタイヤも細く、
上り坂でよく煽られるポコちゃんは、
いつものようにキリッとした顔で止まっている。

そんな様子を車のバックミラーで見ながら、
ゆっくりと新しい車のアクセルを踏んだ。

#創作大賞2024

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