ノックする男
僕はトイレ(大)が長い。
男性は女性に比べて腸が短いらしい。
そのおかげで下痢といえば男、男といえば下痢というレッテルを貼られているのは周知の事実だろう。
たまに男性あるあるでも見かける。
僕もご多分に漏れずよく腹を下す。
そのせいで公のトイレに駆け込むこともある。
腹を下している時は特に長丁場となる。
「公のトイレはささっと、5分くらいで済ませましょう」
なんて言われているが、そんなの知ったこっちゃない。
こっちは5分やそこらで済ませられる程、腹の中は平和ではないのだ。
トイレが長いことで妻からは「ウンコマン」という何の捻りもないあだ名をつけられている。
子どもたちを連れた出先でトイレ宣言をしようものなら露骨に嫌な顔をされる。
仕方ないことだが、気持ちはわからなくもない。
結婚前からデートの時でも構わず、妻をトイレ前で待たせていたのだ。
よくこんなウンコマンと結婚したものだと感心する。
そんなトイレが長い僕だが、一応は気を遣って個室が2室以上あるトイレを選んで用を足している。
僕が長くなっても、別室の人が出れば後の人がスムーズに入れるという何とも自分勝手な理屈だ。
一応の気を遣っているにも関わらず、デリカシーの無い人間が世間には存在する。
おそらく一度は経験した方も多いだろう。
なんとノックしてくる奴がいるのだ。
ご存知の通り、トイレの鍵は外から施錠の確認ができる。
にも関わらずノックをする。
余程近眼なのだろうか、赤色が見えないのだろうか。
いや違う。
明らかに「早く出ろよ」の意思表示なのだ。
僕くらいになると、どんな心境でノックしているのか音色で分かってしまう。
そいつは単純に自分が早く入りたいからお前早く出ろよ、という実に身勝手な理由でノックしている。
急いでいるのかどうか知らないが、それはお互い様である。
そんな身勝手なノックは音量も荒々しく、"コンコン!"の音に合わせて僕の体も"ビクッビクッ!"と上下する。
おかげで出かかっていたものもちょっと引っ込んでしまったりする。
お返しのノックをすると、「チッ」と舌打ちした後ため息が聞こえたりする時もある。
ここまでされると、ハッキリ言って怖すぎて出られない。
何とか隣室の戦友に委ねようとするが、そいつも恐らく怯えているに違いない。
そうなると、腹をくくって籠城しかない。
ただ籠城するだけでは訳が分からないので、出すものを出すことは忘れてはならない。
これぞトイレの目的なのだから。
やがて諦めてトイレから去っていく奴もいるし、案外粘り強い奴もいる。
粘り強い奴の中には、2回目の襲撃をしかけてくる奴もいる。
ノックという名の暴力である。
これを「入ってますか?」の確認だと思う平和ボケした奴がどこにいるものか。
しかし2回目となると、ある懸念が頭をよぎる。
「もしかしたら、僕より切羽詰まっているのかもしれない。」
なるほど、そういうことなら2回目も納得できる。
実は1回目と2回目の人は別人かのかもしれないが、そんなアンラッキーが2回続くなんてことが仮にあったのなら潔く退室しよう。
どちらにしても2回目には退室するというわけだ。
手早く臀部を清拭し、下半身の身支度をする。
個室のドアを開けると、そこには体格のいいオッサンがこちらを睨みつけながら仁王立ちしていた。
「ああ…こりゃたぶん舌打ちした奴だな…」
だいたいのパターンはこれだ。
それでも僕は、これからも2回目は退室するだろう。
ちょっとでもいいことしたと思える瞬間を積み重ねていけば、幸せオーラが自然と漂う素敵な男に近づけると信じて。