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はじめに part8


自己紹介に恋愛の話が入ってくるのは〈ちと違う〉とゆうことで

話を進める


大きな出会いはあった

忙しい毎日は続いた

ヘアメイクのアシスタントでついて行く事が増えたクソ坊主は、やはりここでも遅刻癖が抜けない


当時のファッション誌の撮影は、バカがつくほど長かった


今の様に、デジタルカメラで撮ったものを「後で修正しますー」なんてなかった

1つ1つポラロイドでチェックし、決まったら撮影が始まる


夏の暑い日でも冬の寒い日でも変わらず進む

クソ坊主はそんな中遅刻する(もう改心して欲しい)

周りも呆れただろうと思う
(皆さんその節は申し訳ありませんでした)


こうしてクソ坊主は何年か修行をする



女性トップスタイリストから卒業し、クソ坊主がスタイリストになったのは26歳の頃

スタイリストになるまでかなりの年月をかけた

どっこい、ここでも遅刻するわ、下手だわ、コミニュケーション能力もひくいわでパッとしない


ご想像の通り下手なやつにはお客さんもつかない

なので女性トップスタイリストのアシスタントも兼ねてスタイリストをしていた


そんなクソ坊主にもチャンスは訪れる

アシスタントについている時、音楽レーベルの方にアーティストを紹介される

もちろんクソ坊主の師匠である女性トップスタイリストが担当だ


しかし、アーティストのヘアメイクをたまたま任される

男性とゆうこともあったのかもしれない


そして色んな現場を経験させてもらう

完全に広島の田舎のクソ坊主には「奇跡」だ



そんな感じでダラダラと表参道のサロンで10年程働く


その中、女性トップスタイリストが独立するとゆう話が上がる

この時クソ坊主は30を超えていたが、やはりパッとしない

が、女性トップスタイリストについて行く事を決める


表参道から約2分程の好立地に、新しいヘアサロンをオープン予定

そこでスタイリストとして手伝う事になるが、ここはとても大きな変化の時期だった

たしか2009年だった(あれ、2010年か?)


オーナー(女性トップスタイリスト)と共同で融資してくれていた人との折り合いがつかず、なかなかオープンに至らない


その間、知り合いの恵比寿の面貸しサロンにお願いして少しお客様を担当しながら、赤坂で皿洗いのバイト(いや、これはボランティアだ)しながら、サロンで使う材料や機材、内装等の打ち合わせ、新しいスタッフのシャンプーレッスン、カットレッスン等をしながら、オープンに向けて準備する

なんとなくだか、この頃既に嫌な予感はしていた


経営していけるのだろうか…


なかなか見通しがつかないが、クソ坊主は案も出さずその日その日をやり過ごしていた


ようやくオープンしたのは、前のサロンを辞めて3ヶ月がたった頃だった

長くかかった


オープンは大盛況


新しいスタッフもヘトヘトになった

使い慣れないシャンプー台、初めての薬剤、掃除、スタッフ関係…


みんなには本当に申し訳なかったし、感謝している


ここから新しい表参道の美容師としてのスタートだと、その時は思った


part9へ続く



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