村上春樹は永遠のインディーズバンドだ
村上春樹の発明は「村上春樹いいよね」っていうと、なんとなくその発言者が格好良く見えるところにある。
数多くの作家がいる中で、なんで彼だけこういうポジショニングを取れるのかを考えていた。
ようやく思い立ったのは、「村上春樹は未だにインディーズバンドなのかもしれない」ということだった。
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とあるバンドが、メジャーデビューした。
インディーズ時代からのファンはいう。「なんか、変わっちゃったね」。
その感想は、しかしながら、本質を捉えている。
ミュージシャンがメジャーデビューをすると、大人の事情で、音楽性を変えていかないといけなくなる。CMとタイアップするためだったり、マス受けを狙ったり、理由は様々だ。
メジャーデビューした後の音楽は、インディーズ時代の音楽とは、明らかに変わってしまう。
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さて、作家には、音楽のようにメジャー・レーベルというものがない。
たしかに、大手の出版社は存在する。
しかし、作家はそこに所属するわけではない。
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村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」は、今読んでもぶっ飛んでいる。
冒頭が、これである。
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
なんだこの書き出しは?(困惑)
ここから始まる物語も、ストーリーはあってないようなもので、ちょっと常軌を逸している。
これが売れるのか? 人はこのヘンチクリンな本を買うのか? 疑問は尽きない。
音楽の世界で言えば、強烈なインディーズ・バンドの登場だ。
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そのあと、「ノルウェイの森」で奇跡的なヒットを生み出したが、彼はどれだけ売れても、自分の「音楽性」を変えなかった。
彼は、大ヒットを連発するようになった(音楽で言えば、メジャーデビューした)今となっても、その頃の「音楽性」を維持している。
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それでは、作家はみんな「音楽性」を変えないのか?
それも違う。
作家の中にも、村上春樹のように「自分を貫く」パターンと、「読者受けする方にシフトする」パターンと分かれるように思う。
前者は純文学作家に多く、後者はエンターテインメント作家に多い、気がする。
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「作家は自分を貫けば成功する」といいたい訳ではない。
村上春樹は、その説明不可能なオリジナリティを維持し続けたことで、世界的作家になったのだ、と思う。
彼がもしミュージシャンだったら、音楽性の変更を余儀なくされ、ここまでヒットすることはなかっただろう。
いや、そもそもメジャーデビューをせずに、ひっそりと生きていったのかもしれないが。
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もちろん今は音楽でも、インディーズ・レーベルから有名になるミュージシャンは多い。ユーチューブからでも有名になれる時代だ。
それでも、「利害関係者が少ないがために音楽性を変えなくてもいい」というのは、「音楽」と「小説」の最大の違いであるように感じる。
今後も、村上春樹のような「世界的に有名なインディーズバンド」は、音楽ではなくて作家から誕生する気がしてならないのだ。
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