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代償はフンコロガシ
ああ、しくじった。
男はもうどうしようもないほど、頭を抱えていた。
もうだめだ。明日、部長にどれだけ怒られることか。
なぜ自分はあんなミスを・・・
すると、もう夕暮れも近いというのに、窓の外から威勢のいい声が近づいてきた。
「売ってけ、売ってけ、どんな奴も売ってけ、あいもういっちょ、売ってけ・・」
来た!
ついに待ち侘びていたものがやってきたと、財布を掴んで男は家から勢いよく飛び出した。
これが来れば、もう大丈夫だ。
そんな安心感を覚えながらも、決して足を止めなかった。
そのヘンテコな屋台が進むスピードはゆっくりだが、それでも徐々に「売ってけ」が遠ざかっていく。
息を切らしながらも屋台に着くと、見慣れた、熱いフライパンのような喉をした店主が足を止めてくれた。
「おお、お前かい。ああ、言わずともわかってるよ。今日はどんなぽかをしたんだい?」
「それがですね・・・」
買い取るだけじゃなく、こうして愚痴を聞いてくれるのが、たまらなく身にしみて嬉しい。
一通り話を聞き終えて、店主は腕組みをしながら言った。
「うん、そうかそうか。じゃあ、高く買ってやるよ」
それを聞いて、男はいつも通り、ちょっと微笑んだ。
ありがとうございます!とは言わない。
なんたって、この店主の金銭感覚は異常に狂っているのだから。
品を受け渡すのは一瞬だ。
店主の、そのカッカと燃えているようなのどを、数秒間凝視すればいいだけ。
その数秒で、男の嫌な「記憶」を店主は全て吸収する。
そうしてすぐに買い取りが終わって、はい、と渡される金額は、やっぱり、駄菓子屋でガム一個買えるか買えないかくらいの額だった。
男はとてもすっきりした気分で、ぐるりと店の棚を見回した。
虎と龍が掘り込まれた水晶の置物、古代の緑青がかった銅鏡、フンコロガシが閉じ込められた大きな琥珀・・・
店主は、何かいいたげな顔で男を見る。いつものことだ。
「わかってますよ」
何故か、この店では、ひとつ売ったらひとつ買わないといけない暗黙のルールがあるのだ。
男は、商品をひとつひとつ手に取る。
いつも、そこそこ安めのものを選ぶのだが、それにしてもだ。
今更ながら、そっちはこっちの財布をすっからかんにするつもりなのか。
男は悩んだ挙句、比較的小さく安い、フンコロガシの琥珀を買って帰った。
男が家に残してきた陰鬱な空気は、気分良く帰ってきた男によって、一瞬にして入れ替わった。
鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れると、テーブルに投げ出された財布からはみ出しているフンコロガシが目に止まった。
フンコロガシ、これが代償か。
どこかへ売り払ってしまうおうか、いや・・
男は、金槌を取ってくると、その滑らかな琥珀に振り下ろした。
音はしなかった。
ただ、フンコロガシは何事もなかったかのように、通気口を通って表へと逃げていった。