
いくらの弾けかた
これは間違ったいくら丼だ、と横の人は言った。
箸を頬に突き刺しながら、これは間違っている、とただ呟いている。
「何が間違っているのですか」
僕もいくら丼を頼んだわけで、つい疑問を口にしてしまった。
僕には、このいくら丼は何も間違っているようには思えなかったからだ。
「いくらが口の中で弾けないのです」
横の人はそういった。
「弾けないとだめなのですか」
僕のいくらもあまり弾けなかったのだけど、いくらが弾けることはそんなに問題だろうか。
気づくと、右手に二本、左手に二本お箸を持ったその人が、僕のほっぺたにそれを突き刺していた。
「弾けないとだめだ!」
だめなんだ、と呟きながら、その人はぼろぼろと涙を流した。
いや、よく見ると、その涙はいくらの粒だった。
店の床にいくらがどんどん散らばっていく。
その人はまるでカジキのような声をあげ、そのままのたうち回った。
そのうち、いくらにその人が埋もれて、姿が見えなくなっとところで、いくらはやっと増えることをやめた。
その場を片付けた清掃員は、後にいくらの山から一匹のカジキを見つけたという。