桃四郎
「最強人間」という者がいるらしいという噂を聞きつけた俺は、すぐさまその者のすみかへ突撃した。
「おい、人間。貴様、人間の分際で、最強なんて言ってちゃあ、笑っちゃうぜ」
「ふーん、あんた、誰だい?」
俺は、その男のほわんとした態度に、かなりいらっときた。
「はあ?お前、俺のこの勇ましい姿を見て、まさか気づかないのか」
「さあ?随分と真っ赤でいらっしゃる」
男は、明らかに俺をからかうような口調だ。
「こうなったら、お前と勝負してやる」
「勝負ですか、ははは」
男は歯をむき出しにして笑う。
と、俺は違和感に気づく。
人間の歯とは、こんなにも多種多様な物であっただろうか。
前の方には、草を噛み切るための門歯。
その横には犬歯がついており、後ろには臼歯らしき物もある。
俺は、ぞわりときた。
「どうなさいました?」
そう笑う男の口は、よく見るとくちばしだった。
「貴様っ・・」
俺の家計で、最も恐れられている三つのものが、この男にはある。
「おや、さっきまで虚勢をはっていたのに、情けないですね、赤鬼さん」
男は立ち上がると、すたすたと、震えが止まらない俺のそばまで来て、いきなり
くちばしで目玉を穿り出そうとした。
たまらずに身をよじる俺のすねに、すかさず犬歯で噛み付く。
あまりの痛さに金棒を振り回す俺の腕を、ひらりと猿のような動きで逃げながら、俺のいかつい顔を引っ掻き回す。
そうだ。きじ、犬、猿を、俺は生まれてからどんなに恐れていたか。
視界がぼやける中で、その男の服に、ちらりと、俺の祖父が見たというおぞましい家紋がついていたのをうっすら目にした気がした。