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この時期のセミ

気をつけろ。
背後から、帽子を被ったおじいさんにそう言われた。
何にでしょうか。
僕がそう聞き返すと、おじいさんは全身をひきつらせながらこういった。
この時期のセミは怖いぞ。気をつけろ。穴から出てくる時期を間違えたセミは、それはそれは気が立ってる。
なるほど、気をつけます。
僕はそう言っておじいさんと別れた。

その後、歩いていくと、木にセミがとまっていた。
僕は視線を合わせないようにして、横を通り抜けた。
だが、一歩間に合わなかった。
後ろからおぞましいセミの羽音が聞こえてきて、それはどんどん大きく膨らんで僕を飲み込んでしまった。
暗闇の中で、何か尖ったものに齧られて消化されていく感覚があった。

おじいさん、ごめんなさい。

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