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平穏プツリ

電話の中から、「いのわくぐま」が飛び出してきてからというもの、世がこの上なく平穏になった。

「いのわくぐま」は、平穏を嫌い、そして新月の日だけ、平穏を求めて酒をあおるような、くまだ。

「どうも、こいつがわいの女房でやす」

そう言って突如我が家につれてきた、「いのわくぐま」の奥方は
「あたすは、いのわくぶまでやんす」と名乗った。

「いのわくぐま」と、「いのわくぶま」が同時にやってくるとき、私はテレビのトークショーを見ていることが多いのだと、たった今気づいた。

「いのわくぐま」と「いのわくぶま」は、二人に背を向けた私に向かって、示し合わせたかのように声を揃えてこういった。

「あのう、そこの奥方、どこをお掃除すればいいんで?」

私は、黙ってテレビを消した。

そのプツン、という音を境に、部屋の中は静寂に満ちた。


「そうね、シンクの排水溝の中かしら」

「へい」

静寂を打ち消した私の声に、どこか波長を合わせた声をまた二人は示し合わせたように出した。

「ぶま、わいがやっておくから、お前はそこで休んでおいで」
「ぐま、いやでやんすわ。あたすがやりやすから、お前さんは」

どちらも引かず、二人は結局取っ組み合いの喧嘩をしだした。

毎度のことなので、私は特に気にもとめない。


また、リモコンのボタンを押した。トークショーはもう終わっていた。

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