生まれ落ちてくずれて
ぬめぬめ国は、予想通り、ぬめぬめしていた。
街を歩いていると、地面がぬめぬめしていて転びそうになるし、それぞれの家を囲む塀も、得体の知れない、黒光りするぬめぬめしたものに覆われている。
予想以上と言ってもいい。
その時、前方からカピバラに似た生物が疾走してきた。
僕は、やっとぬめぬめでないものに出会えると、横を通り過ぎていくカピバラの脇の下あたりの毛を無我夢中で掴んだ。
でも掴んだ毛はごっそり抜けて、カピバラは逃げていった。
僕はそのおかげですっ転んでしまった。
ぬるぬるした地面に手をつき、なんとか起き上がった頃、カピバラが逃げていった道の先の方から、「ぬおーん」と悲鳴が聞こえた。
ような気がした。
仕方なく、また道を歩き出す。
相変わらず、あるのは、ぬるぬるの道路に、黒光りする家、触りたくもないブロック塀だけで、この旅に終わりは来るのだろうかと思い始めた頃だ。
また、どどどどと何かが近づいてくる音がした。
しばらく耳をすましていると、その 何か の正体がわかった。
カピバラだった。
それはまた、疾走して僕の横を通り過ぎて行こうとする。
今度こそ逃すまじと、僕はカピバラの背中の毛を思いっきり掴んだ。
手応えはなかった。
またもや、そこの毛だけごっそり抜けて、カピバラは逃げていってしまった。
「ぬおーん」
しばらくしてまた、声がした。
それからそれから、何かやってくると思えばそれは決まってカピバラで、もう僕はカピバラにも、ぬめぬめにも飽きてしまった。
僕の歩みはだんだんと遅くなり、次第に足は鉛のように重くなって、ついに立ち止まった。
帰るしかないのだ。
僕はきびすを返すと、ぬめぬめで転ばないように気をつけながら、もと来た道を戻るしかなかった。
帰り道は、行きより長く感じた。
周りのぬめぬめも、最初よりどこか厚くなり、ぶよぶよしだした。
不吉な予感がして、足を早めた。
歩くにつれ、遠くの方から異臭が漂ってきた。
鼻を押さえながら行くと、茶色の毛があちらこちらに落ちていることに気づく。
それはどんどん多くなり、それにつれて、異臭もどんどん強くなっていった。
そして、見つけた。
カピバラ達のむくろ。
周りには、ふさふさした茶色の毛が、もはや絨毯のように積み重なっていた。
カピバラ達は、なんとも貧相な姿をしていた。
毛が綺麗に抜けたカピバラの、毛穴が丸見えになって、ピンク色で剥き出しになった姿は、見てはいけないものを見てしまった気持ちになる。
自分の手に絡みついている毛と、落ちている毛を見比べる。
さっき、自分が毛を掴んだりしなければ。
あの時の感触が思い出されて、僕は思わず手を地面に擦り付けた。
手にぬめぬめがひっついて、気持ち悪いなどという感覚は無くなっていた。
ただただ、自分の過ちを悔いて、僕は地面に這いつくばった。
地面のぬめぬめは、手を、足を通して、体の中に入り込んでくる。
それがなぜか心地よく感じて、僕は地面に体の全てを密着させた。
目が覚めた時、僕はカピバラになっていたりしたらいいな、と思いながら目を瞑り、息を吐いた。