50'男性が気にすべき視点
どうも、今日は嫌われること覚悟で書きますよ~。
プライベートで知り合った50代のおじさま達に素直に感じていることを今日はコーチング視点と交えて書きたいなと思っています。そうじゃない方もたくさんいらっしゃるのですが、傾向として多い年代×性として書かせてもらいます。
「レボコと話するの、本当に楽しいんだよね。次はいつ暇なの?」
とおじさま達にめちゃよく言われます。
それは、1時間の中で私が話すのが1分くらいだから(笑)
おじさまが59分間、ずーーーーーーっと話しているのを聞いて、
私はその機関銃的な話にたまに質問するだけ。それだけで相手は「楽しい」と感じるんですね。
ご自身では「会話」だと思っていますが、こちらからすれば単に「一方的に」話されているだけ。
聞いているこちらは正直、めちゃ疲れるしつまらないんです。
人は本来話したがりなので...
自分のことばかり話をしたり
相手の話を自分の話に変えたり
過去の自慢話をしたり
不要なアドバイスをしたり
知識や経験が無いと決めつけて話をしたり
してしまいます。
相手が年下や部下だとなおさらおせっかいしたくなりますよね。
でも、相手にとったら話も聞かずに、半分聞いて分かったつもりになって上から目線でアドバイスや指示、解決策を出してくるだけの「ありがた迷惑」・「面倒臭い人」になっていることって多いです。
それって相手のことを親身になって考えていますか?
アドバイスをすることで自己満足していませんか?
と感じるんです。
相手のことに興味があって、サポートしたい・何かしてあげたいという気持ちがあるなら、最善のサポートはあなたのそのお口を閉じること(笑)
つまり、相手のペースで話をしてもらい、しっかり聞くことです。
全く話すな…ということではなく、相手と対等に向き合うことを意識すると自ずと相手への配慮をした話のしかたができるということ。
アドバイスは求められたらする程度でいいんです。聞かれていないのにするのは単なるエゴであって、親切の押し付けにすぎません。
(アドバイスをしたり、解決策を与えてお金をもらう仕事をしている方はもちろん、話は違いますが)そして、相手のことを知らずに話すので後で恥をかいたり、結局相手のことを何も知らないのも残念なところ。
私の場合は英語を話すと言うと、自分の武勇伝を披露し始め、急に「英語で話せ」のような訳のわからない試験をさせられて、自分よりできると解釈すると、急に下から「教えて~」というパターンが多い。めちゃくちゃ失礼なことしているのに、この点も気がついていないんですよね (ꐦ°᷄д°᷅).
50代男性にこの傾向が多いと感じるのは、おそらく彼らの上の世代も同じだったんじゃないかと推測しています。その背中を見て育っていることと、経験が豊富で誰かに言いたい・認められたいという承認欲求が他の世代よりも大きいのではないでしょうか。少なくともあまり褒める文化ではない日本で生きてきた昭和世代にとっては上下関係をはっきり決めて付き合ったり、若い人からは学びがないと感じている世代なのではないかと感じます。
悪い人ではなく、いい人が多い分、付き合い方に慎重になってしまいます。
逆に60歳以上になると、首を垂れる方が増えるなと感じます。データがあるわけじゃなく、肌感で申し訳ないのですが…。
余裕があるというかなんというか。お話をしていても新しいことに素直に興味をもって話されている印象を受けます。
話はコーチングになりますが、
私が英語コーチングをとても好きで、同時に難しいと思うのは「傾聴」と「質問」をする点です。
相手にとって「こっちのほうがきっといいのにな」と感じたり、「経験上、こっちが効率がいいんだけどなぁ~」と思っても、クライアントさんにアドバイスや指示をすることはありません。するとしたら感想を伝えたり、提案をします。「コーチング」で求められているのは「自分で気づき行動する力を養う」こと。そのためにお金を払っているのであって決してコーチに答えをもらいにはきていないんですね。「こっちのほうがいいと思います」と言ってしまうと、クライアントの成長や気づきの機会を奪ってしまうことになってしまいます。だから全力で聴く。コーチは聴きながら自分の中に生まれる「こっちのほうがいい」というエゴと格闘しています(笑)
結果、クライアントさん自身で答えを見つけて試していくから気づきも大きく、自分の決断に責任をもてるようになります。これがコーチングの醍醐味なんです。
話は戻り、プライベートでコーチングをすることありません。でも、50代の話好きのおじさまたちといるとコーチングをしている感覚になります。しかも無料で٩(๑`н´๑)۶
みなさんもおじさまであるかどうかに関わらず、相手は時間とお金を使ってあなたに会ってくれていることを忘れないでほしいなと思います。