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人生で初めて救急車に運ばれました。

この前、初めて救急車を呼びました。いろいろ思うところがあったので、救急車を呼ぶに至った経緯や、その間に感じたことなどまとめていきます。

救急車を呼ぶまでの経緯

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夜、軽い頭痛の症状がありました。頭痛はよくあるので大して気にかけることもなく、薬も飲まずに1時頃就寝しました。

ところが深夜2時半頃、頭が割れるような痛みで目を覚ましました。今まで体験した頭痛の中でもトップクラスに痛くて、頭の向きを変えてみたり、座ったり寝たり試行錯誤してもどうやっても痛みが和らぎませんでした。このタイミングで気休めに頭痛薬を飲みました。

まだ同居人が起きていたため、頭がひどく痛むことを伝えました。吐き気を伴う気持ち悪さもあり、3時頃、遂に嘔吐してしまいました。

ここで、もしかしたら怖い病気なのではないかと不安がよぎりました。嘔吐が伴う頭痛って、結構怖くないですか?

どうしようもない痛みと不安でどうしようもできずに悶えていると、見かねた同居人が「#7119」に電話をしてくれました。

ご存知かと思いますが、「♯7119」は救急車を呼ぶべきか迷った時に相談に乗ってくれる窓口です。

正直、「♯7119」にかけることに抵抗がありました。不安な気持ちもありましたが、コロナで大変な時期に医療関係者の方の手を煩わせるのは申し訳ないという気持ちと、誰かに非難されたらどうしようという気持ちがあり、なんとか自力でどうにかしたいと考えていたのです。

しかし、窓口の方からは、「様子を見ないですぐに病院に行ってください」と言われてしまいました。「♯7119」に相談することにすら抵抗感があったのに、救急車を呼ぶなんてとんでもないと思いました。

怖い病気かもしれないという不安よりも、迷惑をかけたくない気持ちの方が大きかったんですね。

どうしようと迷っているうちに、同居人が救急に連絡してくれました。

後ろめたい思いを抱きながら、救急車を待ちました。

初めての救急車

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3時20分頃、救急車が到着しました。

自力で歩くことはできたので、自分で階段を降りて救急車に向かいました。熱を測ったり症状を聞かれたり、受け入れてくれる病院を探したり、救急車に乗ったら通常してくれるであろうことを一通りしました。

気になったのはやはりコロナ関連の質問です。この時期は全員に聞いているらしいのですが、「周りにコロナ感染者はいるか」「最近人が多い場所に行ったか」など聞かれました。

ここでまたもや、こんな時期に申し訳ないという気持ちが強まりました。

病院到着

病院に到着すると、女性医師の方が対応をしてくれました。血圧を測り、足を上げ下げされました。足を上げ下げするのは、髄膜炎かどうか判断するためだそうです。

結果、「いつもより重い頭痛でしょう」と言われました。この時点で、病院についてから体感時間5分くらいです。

ただの、頭痛……?????

ここで、この日一番の申し訳なさが襲ってきました。

大変な時期に、ただの頭痛で、救急車を呼んでしまった。

「一応CTも撮りましょう」と言われたので撮影しましたが、特に異常は見られませんでした。医師の方からは、頭痛が頻繁にあるようなら頭痛外来を受診することを勧められました。

診察室を出る時「辛かったでしょう、ゆっくり休んでください」と言われ、その優しさに涙しそうになりました。

帰りに薬を処方してもらい、かかった医療費は合計10,000円強。いろいろな人の手を煩わせてしまったので、妥当な金額かなと思いました。帰るときには夜が明けていて、薬が効いてきたのかかなり頭痛も弱まっていたため、公共交通機関を利用して家路につきました。

救急車で運ばれた人が歩いて帰るなんてお世話になった人に申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、同居人が「何事もなくてよかった」と声をかけてくれて、またもや優しさに涙しそうになりました。

両親にも一応連絡をしたところ、「何事もなくてよかったじゃん」と言ってくれました。大したことがないのに救急車を呼んだことに申し訳なさを感じていることも伝えましたが、「それはしょうがないでしょ、変な病気だったときどうすんの」と言ってくれました。

同居人や両親のお陰で、ちょっとだけ申し訳なさが和らぎました。
本当に感謝です。

救急車は申し訳ないの連続

今回私は不安よりも抵抗感の方がまさってしまっていたので、同居人がいなかったら救急車を呼べなかったでしょう。もしも怖い病気だったとしたら、最悪命を落とすことになっていたかもしれません。

また、救急車を呼ぶことについて申し訳なく思う必要はないと頭では理解できていても、救急車を呼ぶ前から家に着いた後まで、ずっと申し訳ない気持ちでいっぱいだったのは事実です。

しかし、背中を押してくれた「♯7119」の窓口の方や、救急車を呼んでくれた同居人がいたことによって、申し訳なさや後ろめたさが緩和されているように思います。

今では、小さいことで救急車を呼んでしまう人の気持ちも、救急車を呼べずに重症化してしまう人の気持ちもわかります。だからこそ、客観的に判断してくれる人がものすごく重要なのだと身にしみて感じました。

自分一人で抱え込まないで、もっと人に頼ってみようかなと思った出来事でした。


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こ林
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