大学全入について

 私は、3年くらい前までは皆大学制に移行しつつあるのは、好ましくないと感じていました。
 自分は大学まで行かせてもらって、その恩恵を享受しているのに 身勝手だったなとすごく反省している最近です。
 ここで、若い人たちが大学に行くべきか悩んだ時の宮崎駿氏のお考えを紹介させてください。


 私は定年60歳と思っていたので、23歳から社会人というのは、その後の就労期間を考えると、とても無駄に感じていたのです。19歳から社会人なら40年以上お給料がもらえる仕事につけると、そして手に職をつけるなら高卒が良いと思っていたんです。基本的には手に職という働き方は、自分のように手に職がない人間には羨ましいものなのです。でも、自分が何をやりたいのか?特に何か人より秀でているものもない自分、ついつい、大学希望するしかないような感じで流れていきました。そして、せっかく大学行くなら、頑張って勉強して就職に有利な大学に行こうと考えた顛末です。

 大学で勉強したかといえば、私的にはYESですが、その勉強が理解できたかと言われると、恐ろしいほど理解困難でした。高校時代までは、頑張れば理解できたのですが、自分の専門分野の物理では、教科書や先生は何を言いたいのか?というものをたくさん抱えて大学が終了した覚えしかないんですよ。
 就活も7社くらい受けて1社だけ内定をいただき、そちらにお世話になったのです。会社の寮に入れてもらって、ラッキーだなと思いつつ、私の大卒はこの就職のためにあったのではないか?と考えるくらいでした。なんせ、かなり真面目に勉強したのに理解できないことだらけで卒業したんですから、学術はあまり身に付かなかったと当時は思っていました。

 でも、学科の先生方も、サークルもとても好きでしたので、母校は大好きです。19〜22歳のこの期間の経験としては、金銭縛りがなく自由に積める経験からすごくいろいろなことを学べたと思うのです。これがまさしく天の恩寵だったと気づいたのは45歳くらいの時なのです。当時、必死でやっていた電磁気学のおさらいで、若い時に必死で学び玉砕した記憶が鮮明に浮かび上がってきたのです。まさか、20年の時を経てこう言った形で私の前に現れるとは思っていませんでした。もちろん、この20年は全く物理から離れていたわけではなく、必死とはいえませんが、コンスタントに何かしら学んでいたのですが、それはあくまでも仕事の延長線上でした。

 この経験から、大学で学んだことって全く身についていなかったのではなく、理解が追いつかずとも、何か必要なピースが欠けているということが理解できていたんだなということがわかったのです。
 そしてこういう経験を与えられるチャンスは大学の強みで、大学入学自体は高校時代の成績に左右されずに与えてもらえる社会が、優しい社会で豊かな精神を持つ大人を育てることにつながるのかなと思ったのです。もちろん、志望校によっては厳しい学力考査を課せられるところがあるのは仕方ないと思います。
 私が大学生の時は、大学は猶予期間で遊びとバイト三昧などと揶揄されてきましたが、あながちそんなことはないと感じています。この大学の4年は多くの人にとって宝物になるはずです。

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