「ない可能性」の拡げ方
「この子は自閉症です。さきほどのテストから知能は高いのだと思いますが、普通の学校へはいけないレベルの障害が複数認められます。覚悟しておいてください」
夢が終わった日
明文化したことなかったし、むしろ避けてきたのですが。小さいころに『自閉症』だと診断されたことがあります。76年生まれ、当時3歳だったので79年頃の話。サヴァン症候群という言葉はレインマン(1988)という映画で国内流通したはずなので、まだ常用化された言葉ではありませんでした。ので、当時はもっと希望のない言葉で伝えられたのだと思います。ちょっと長男の様子が普通じゃないと感じた母親が気軽に病院へ連れていったら、重たい診断が待っていた訳です。
この「覚悟してください」が効いたのでしょう。帰り道の母親は元気なさそうでした。太陽のように明るい日があれば、雷鳴轟くような激昂で当たり散らす日もありました。手を引かれながら空を見上げると、鉄塔が空を突き刺しているように見えました。血の色で染まる夕焼け。母親の悔しさと寂しさと入り混じったような空模様でした。
自分としては知能が足りないとは全く思ってなくて、むしろ言葉でコミュニケーションするのが煩わしいというのが正直なところでした。両親は僕を溺愛しており、指で示せばそれが何であるか教えてくれました。それがデフォルトの自己表現でした。何不自由なく暮らしてきました。むしろ無駄のない完璧な世界でした。ところが幼稚園や学校へ進むとなるとそうはいかない。晴れた日の公園へ遊びにいくと、滑り台の順番も守れないような野蛮な子供たちがたくさん居ました。僕はその列に入ることが出来ず、雨の日の公園をメインに頭の中で活動していました。その様子を見て、味方であるはずの母親が僕を病院へ連れてゆきました。自分のことを何かしらアッピールしてゆかないと場所に馴染んだことにならないのだと、あの診断から学ばされました。
通りすがりの天才の理由
あんな気持ち、二度と味あわせたくない。味わいたくもない。僕は決心しました。母親も覚悟していたようでした。それは「普通の学校へ行けない」我が子を「そんなはずはない。普通の学校へ通わせてみせる」という思い込み比重高めの覚悟でした。スパルタで有名な地元のスイミングスクールのオリンピック選手育成コースへぶち込まれ、地獄の特訓がはじまりました。水に濡れること自体苦手でシャワーも自分で浴びれなかった僕が、何年か通ううちにスクール内で1位2位を争う存在になりました。自信を手に入れた僕は、面倒だった他者とのコミュニケーションを積極的にとるようになり、普通の小学校へ入り、勝手にいろんな発明を試みて独自の解釈で世界を拡張したり、(ずいぶん間を端折ると)やがて現在のようにラジオ番組を持てるようになりました。
勉強らしい勉強も、努力らしい努力も、したことがないただの天才の人生だと思い込んでいたのですが、全然でした。3歳から小学校へ上がる6歳くらいまで、普通という言葉に乗っかった野蛮な人たちと会話を重ねるための血の滲むような努力をしたのでした。その過程で自ら身につけたのが「僕は天才だから(言ってることすぐに分からなくても)気にしないで」と事前に伝える防衛策でした。いまだにラジオで開口一番「通りすがりの天才、川田十夢です」と自己紹介していますが、理由を紐解くとそういうでした。ただの天才じゃない。痛みの分かる。そして、むしろ周囲に気を使ってむしろ謙遜しているタイプの天才なのでした。いままで不愉快に感じていたリスナーの方々、もしいたら理由を明かしてなくてごめんなさい。
みうらじゅんさんの『「ない仕事」の作り方』に触発されて、今回は『ない「可能性」の拡げ方』について書きました。こういうことを社会に接続する前に書かなかったのは「自閉症の人がハンデキャップに負けずに頑張ってる」という理由で売れたくなかったからです。欠落していることも、わりと能力があることも伝わっている現在であれば、むしろ同じ境遇にある人たちを励ませるのではないかと。リスクあるけど書きました。
あらためて自閉症について
自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群など。いろいろな名称がありました。2013年のアメリカ精神医学会の診断基準の発表以降、自閉スペクトラム症(ASD;Autism Spectrum Disorder)としてまとめて表現するようになったそうです。2020年の統計によると、自閉スペクトラム症だと診断されるのは100人に1人。性別では男性に多く、女性の約4倍の発生頻度とのことでした。
自閉症に限らず、可能性を狭めるような診断を医者からされたお子さんをお持ちのお母さま、お父さま。そして現在進行形で悩んでいらっしゃる当事者のあなた。希望を持ってください。いったん夢は終わりますが、真っ暗闇に差し込む光は美しいものです。周囲のみなさまもどうかご理解ください。欠落がある分、ちゃんと凄いところもありますので。