アジアン・カンフー・ジェネレーションを拡張する。
以下に明文化するのは2021年10月9日に開催された通称イノフェスの初日、大トリとしてアジアン・カンフー・ジェネレーションとAR三兄弟がパフォーマンスしたものの設計図である。
INNOVATION WORLD FESTA 2021
ASIAN KUNG-FU GENERATION feat. AR三兄弟
1.新世紀のラブソング
2.ロードムービー
3.エンパシー
4.踵で愛を打ち鳴らせ
5.リライト
6.EASTER
7.君という花
1.新世紀のラブソング
アジカンの作詞作曲を主に担当するゴッチこと後藤正文は、音楽というものが時間芸術であることに意識的なシンガー・ソング・ライターである。小説や映画を思わせる歌詞の世界は、どれも同じく時間芸術であるから当然といえば当然である。筆者がこの曲を聴いたときの第一印象は、文明単位のスケールで現代を歌っているということだった。歌詞に登場するビルやそれに突っ込む飛行機は、9.11(アメリカ同時多発テロ事件)のあの光景を暗示しているに違いない。多くの命が奪われたし、正義という言葉にも大きな疑問符が打たれた。この楽曲をどのようにイメージ化するか。筆者は旧約聖書の創世記、天地創造をモティーフとした。神が7日間で世界を創造するのだが、本文をよく読むと6日間で世界は完成しており、7日目は神の権限を駆使して休みとしている。そりゃ、永きにわたって語り継がれる。チャーミングな話だ。人類はその休息があることで傷を癒やして未練を反省し、次の時代へ進むことが出来た。
プログラミングには、不遜なところがある。黒い画面に向かって書き連ねたメソッドが、ひとつの世界を創る。神の視点がそこに宿る。楽曲とも、天地創造とも、嘘ひとつなく接続できるプロトコルがある。曲の進行とともに、プログラミングで世界を創造する。1曲目に相応しい演出ではないか。天地創造の原文を参照しながら、イメージを拡げていった。
1日目、光と闇、つまり昼と夜が生まれる。黒い画面に切れ目を入れて、時間の裂け目とする。時間の概念はここでたぶん生まれたが、太陽はまだ生まれていない。時間経過の目印として点線でそれを表現する。2日目、水を上と下に分け、上が空ないし天とされる。3日目、天の下の水が集められて海になり、乾いた所が地になる。植物が生えてくる。時間の裂け目から海が生まれて海平線となり、それが干上がり陸が生まれて地平線となる。4日目、太陽と月と星がつくられる。地球から離れて太陽が生まれる描写へ。今まで海だった下半分が、燃えたぎる火の海になっている。カメラが引いてゆくと、太陽に星々が引っ張られているのが分かる。天地創造にはまだ明記されていないが、4日目に重力が実装されたと定義する。5日目、水の中の生き物と鳥がつくられる。重力がなければ、鳥が空を飛び回る必然が生まれない。最初期の鳥といえば始祖鳥を用いるのが現実的かも知れないが、AR三兄弟としては自分たちの創世記からモティーフとしてきた鳩を巨大化させたほうが親しみがある。クジラについてはMagicLeapの最初期のデモ、そして細田守作品にもXR空間を遊泳する描写がある。水の中の生き物として、ここでは相応しい。6日目、地上の生き物がつくられ、人がつくられる。人は「神の似姿」とされ、すべての生き物を支配すると旧約聖書には書いてある。「人を作った=都市が現れた」と解釈して、9.11以前のニューヨークを描写した。「朝方のニュースで飛行機がビルに突っ込んで」で、画面上でも飛行機がビルに突っ込む。ゴッチが隠喩したものを直喩してしまう後ろめたさがあったが、着想とここまでの作り込みから野暮なことにはならないと確信していた。7日目、神は休みを作った。ツインタワーのうちの1つがなくなっている。夜になると、そこに追悼の青い光が差している。世界は続く、何もなかったように。
ここまではあくまで映像演出の話。ARを出現させるにあたって、拡張現実的なリアリティをこういう形で担保している。ただ技術的に、ARを出してわー楽しい!ということではない。ここ、特にARを演出で使う人は露骨に参考にして欲しい。わー楽しい!という気持ちも大切だけど、この曲とは切り離して表現している。神が7日間で世界を創ったように、AR三兄弟は3分間で世界を作った。恵みの雨、鳩、クジラ、太陽、飛行機を六本木ヒルズに出現させてみせたのだった。
画面に広がる雨の波紋、それに呼応するようにARの雨が重力を無視した方向へ激しく打ちつける。神の手により、雨の角度を変える。雲を含む気象は、それがプログラムで生み出されたオブジェクトであることが分かるように、立方体の枠線で囲まれている。
2.ロードムービー
まさに神の視点で機嫌良く書き連ねていたら、ここまですでに2548文字。ここからは鈍行から特急へ乗り換えて明文化してゆく。この楽曲は、広島で常設されている『ワープする路面電車』という作品でも使わせてもらった。広電として広島市民に愛されてきた車両にプロジェクションマッピングを施す。行き先と車体のカラーをスマホのブラウザアプリで選択すると、ダイヤが形成される。路面電車をチャーターできるような感覚。そのときに作った映像(©︎吉川マッハスペシャル)が気に入ってて、六本木ヒルズならば大江戸線だろうと2018年にイノフェス でアジカンと共演したときにフルカスタム。台風により六本木ヒルズでのパフォーマンスは実現できなかったので、今回再びリベンジという形になった。AR のパターンとしては、オブジェクト単体ではなく映像の中の空間ごと現実に切り出すニュアンスのものにした。石片で重力や反重力を最初に表現したのは大友克洋、表現ひとつ拡張するにしてもルーツを知っているか知らないかでアプローチは変わってくる。
3.エンパシー
諸事情により、事前告知が出来なかった。この記事でも諸事情につきタイトルは伏せておこう。以下の画像を見ると、モロにタイトルが出てしまっているのは筆者の愛嬌としよう。アジカンが主題歌をつとめたアニメーション映画とのコラボレーション。大友克洋が漫画で表現した石片のニュアンスは、やがてアニメーションの常套手段として組み込まれた。ロードムービーのときの石片表現からさらに輪郭線や動きの緩急を加えることで、アニメーションと音楽を同時に際立たせるものに変異した。ARのパターンがひとつ増えた。
4.踵で愛を打ち鳴らせ
いちばんAR三兄弟色が強かったのがこの曲。大型ビジョンには、アジカンよりも大きくAR三兄弟(というか筆者)がドーンと映り込んでいる。ARで登場したバレリーナ(村中智)、力士(田代と小林)、空手家(藤永)、サエポーク、サエノーフ、らは、AR三兄弟の作品を知る人ならみなさんご存知だが、アジカンのファンはきっと何のことだか分からない。アジカンのパフォーマンスを覆い隠すように、ARで登場もしている。それもまたおもしろいと思い至り、設計した。
アーティストの演出を頼まれたとき、商品の広告を頼まれたとき、僕らは商品よりも大きく顔を出してきた。批判を受けることもあったし、今回のコラボレーションでも「アジカンをもっと見たいのに、ARが邪魔だな、、、」という正直な声がタイムラインにひとつだけあった。ARがバンドの添え物であれば、その通りだろう。しかし、筆者はAR三兄弟であり、バンド名と並列で名前が出ている。表現に於いてはフェアであるべきだ。持ち味を出さす仕舞いでは、逆に失礼だとも思う。この楽曲のMVで、ゴッチは珍しくダンスを披露している。それを次男はモーションセンサーをつけて、完コピしている。どんなに変なことを実行しても、根本には対象への敬意がある。テクリハのとき、アジカンのマネージメントを永く務めている小川さんが「力士、お尻、、大きい、、、」と思わず声に出しているのを尻目に、大胆な演出に踏み切ったのだった。
そんな思いをアジカンに言葉で説明したことは一度もない。よくも俺たちのパフォーマンスに土をつけてくれたな。内心怒っていたらどうしよう。ひやひやしながら本番を見守った。ゴッチがMCで「みなさん、自分らしく。誰の真似もせず、たのしんでくれたら俺たちはうれしいです」と語ってくれていたので、怒ってはいないと思う。ARでどうなっていたのか、本番のモニターではまだ目視できてなかっただけかも知れない。
5.リライト
ロードムービーと同じく、かつて六本木ヒルズに特化して作った映像がすでにあった。建物をプロジェクションマッピングで彩る事例は数多く存在するが、ヒルズ全体を街ぐるみでマッピングする事例はいまだに存在していない。消して、リライトして。くだらない超幻想、忘れられぬ存在感を。この部分の歌詞を何度も復唱しながら、再開発に臨んだ。
6.Easter / 復活祭
復活祭。イースターといえば卵。生命の源泉のイメージ。源といえば、音源と光源。それらと影の表現を組み合わせることで、ARのレイヤーで実存を突き詰めようと閃いた。卵(ざらざらした殻の質感)と回転灯、揺れる電球(重力)と鳥籠(影)と羽(反重力)、蛍光灯とムービングタイポグラフィー。キネクティック・ライティングと業界で呼ばれる現実のコンサートの演出手法があるが、拡張現実でしか実装できない動きを足せばユニークなパターンになるはずだと開発要件に加えた。
7.君という花
2003年の発売当時、作られたミュージックビデオがある。青い春、ナイン・ソウルズなどで知られる豊田利晃。映画監督が撮ったビデオで、彼の映画に登場する役者(マメ山田)がダンスしているシーンが印象的。それを意識しながらも、アジカン結成25周年をストレートに祝うような構成にした。ファミコンのような質感のドット画は、このnoteでもイラストを担当している漫画家の畠山芳春に協力してもらった。アジカンが発売してきた歴代アルバムのタイポグラフィと主要なオブジェクトを点群情報に変換して、それをAR花火として実装した。特殊なサーバ経由での演出となるためプログラミングの制約がわりと存在しており、特に光の表現には難儀した。そこは三男ががんばって美しいものに仕上げてくれた。
出来合いのパーティクルを使えば、あまり時間をかけなくとも基準値通りの美しいものは作れるのかも知れない。AR三兄弟がそうしないのは、下らなさや惨めさと並立して存在する美しさを信じているから。ただ美しいだけのものは嘘っぽい。拡張現実的ではない。
ここまで4756文字。筆者のnoteで、うっかり最長の文章になってしまった。読んでくれてありがとう。イノフェスのアーカイブは、10月17日(日)いっぱいまでの公開となっている。音楽ライブ配信、映像テクノロジー的にも露骨な先行事例。ARのさらなる可能性に興味がある未来のクリエイター、そしてテレビ番組や映画やフェスなどに組み込みたいと考えているプロデューサー。DXの本質的な意味をほんとは理解していないけど言い出せないでいるビジネスマンなどなど。以下のリンクからぜひご覧ください。筆者が総合司会をつとめている各種トークセッション(糸井重里さん斎藤幸平さん登場の回が特におすすめ)、ここでも書いた社長SKY-HI率いるBMSGショーケース(Novel Core / BE:FIRST)、もろもろ込みで1,980円は破格です。
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