田中秀和
あれは2015年、大学受験真っ最中の時だった。
受験勉強をしながら聞いていたローカルラジオ局から、アイカツ!の「カレンダーガール」という曲が流れてきた。
ノートの隅に「アイカツ! カレンダーガール 名曲」とメモを残した。
受験が終わった2016年3月。
カレンダーガールを作編曲したのは、当時MONACAに所属していた田中秀和という作曲家だということを知った。
カレンダーガールの他にも、THE IDOL M@STERの「自分REST@RT」や、チームハナヤマタの「花ハ踊レヤいろはにほ」など、私が大好きなアニソンをたくさん作曲していたのは、実は彼であった。
その後、ANiUTaというアニメソング専門のサブスクサービスが2017年3月に開始したことをきっかけに(当時はまだ、ANiUTa以外にサブスクを解禁していないアニソンが多かった)、Wake Up, Girls!の楽曲を聞き始めた。
以降私は、彼の作る発表する楽曲をほぼ全てチェックするようになるほどに、彼の魅力にとりつかれていった。
彼の作風はとにかく幅広かった。
ポップス、ギターロック、電波ソング、バキバキのEDM、沖縄民謡、ボサノヴァ、果てはブラジル音楽やケルト音楽まで……。
楽曲提供先、タイアップ先に合わせて柔軟に作風を変えながらも、コアファンが聞けば一発で「田中秀和の曲だ」と分かる個性も持ち合わせていた。
そしてその幅広い作風のルーツに、私の大好きなバンドであるthe band apartがいると知った時には、とてもうれしくなった。
職業作曲家ということもあり、普通のミュージシャンに比べると、メディア露出は少なかったと思う。
そんな中でも、インタビュー記事や動画、ラジオやイベントへの出演など、対外的な露出があれば、極力チェックした。
特に私自身ラジオリスナーということもあり、彼がラジオに出演する際には、熱心にメールを送った。
2回ほど、メールを読まれたことがある。
一度目は、ヒャダイン氏がパーソナリティーを務めていた文化放送の「DIVE INTO MUSIC」。
私は前述のバンアパに関する質問を送り、番組中に回答してもらった。
番組終了後にお礼のメッセージをTwitterで送ると、普段そこまでファンと交流するタイプではないはずの彼からご丁寧にリプライが返ってきた。
二度目は、NHK-FMで放送された「アニソンクリエイター’s BAR 2020」。
この番組には、彼以外にも畑亜貴氏と田淵智也氏が出演しており、メールは「『はじめてのかくめい!』は田中秀和さんが編曲を担当していますが、田淵さんはどのような基準で誰に編曲を依頼するのか決めているのでしょうか?」という、秀和に関連しながらも田淵宛てのものであったと記憶している。
お三方に「不健康運動」というラジオネームを失笑されたのが、今でも忘れられない。
そうこうしているうちに、私は彼の人柄にもひかれていった。
言葉遣いや立ち居振る舞いからは育ちの良さ、品の良さがかなり感じられ、売れっ子作曲家とは思えないほどの謙虚さにも驚かされた。
あと、顔が私の好きなバンドマンに似ていて、めっっちゃタイプだった。
彼の作る楽曲、そして彼自身の存在は、私の中でどんどん大きくなっていった。
私にとって、彼の存在は人生において欠かせないものだった。
2019年には、誕生日祝いに名入りのオムライスを作るという意味不明な所業をしたこともあった。
当然ながらここ最近の提供楽曲も逐一チェックしており、今年リリースされた曲の中では特に尾身ポルカの「サイキョウチックポルカ」とわーすたの「マッシュ・ド・アート」をヘビロテしていた。
この2曲は、2022年にリリースされた全楽曲うち、個人的に好きな曲ランキングトップ10に確実に入っていると思う。
アイカツ10周年を祝う彼のツイートはもちろんRTしたし、上田麗奈の楽曲について言及していると分かりつつも、「最後の曲、さよなら音楽」というツイートにはちょっとびっくりしてしまった。
彼の作る曲を聴いて、多忙な中更新されるTwitterを見て、たまにあるメディア出演に心を躍らせる。
こんな日々が、ずっとずっと続くと思っていた。
2022年10月25日火曜日朝7時。
起床して、昨晩聴いたお笑いラジオの感想をシェアした。
TL上に、慌てふためくフォロワーのツイートが表示された。
そのツイートには、「田中秀和」の文字。
トレンド欄にも、同じく「田中秀和」の文字。
本日リリース予定の楽曲はない。火曜日の朝だし。
特段メディア出演の予定もなかったはずだ。
それに、明らかにフォロワーの様子がおかしい。
良くないニュースの予感がした。
トレンド入りしていたNHK NEWSの見出しには、
「ゲームやアニメに楽曲提供 作曲家 強制わいせつ未遂容疑で逮捕」
とあった。
お願いだから、知らない作曲家であってくれと思った。
大好きな人がこんな卑劣な行為をしたのが信じられなくて、アイマスに楽曲提供している35歳の田中秀和がもう一人いるとひたすら思い込んだ。
でも、Twitterに流れてきたテレビのキャプチャに移る男性は、マスクをしていても、まぎれもなく私の大好きな田中秀和であった。
本当に信じられなかった。
10代女性にわいせつ未遂をするような人には、どうしても思えなかった。
事実を受け入れたくなかった。
大変申し訳ないが、まず最初に生まれたのは11月にリリース予定のアイドルカレッジの新曲「愛が光る!」がちゃんとリリースされるかどうか、という心配の念だった。
そして次に、これまでに発表された数々の楽曲がお蔵入りになるか否かという心配が生まれた。
作者と作品は分けて考えたい、でもこれまで楽曲提供してきたアニメ・ゲームの作風と彼が犯した行為を考慮すると、お蔵入りの措置が取られても至極全うである。
この後すぐに、「被害者の心配をせずに加害者の肩を持つ。これだからオタクは」といった意見がTwitterを席巻する。
「楽曲の今後について心配をするツイートをして、被害者を慮るツイートをしない」=「被害者への配慮がない」とは全く思わないし、オタクだたきに彼の一件が利用されているようにも感じた。
その一方で正直に白状すると、少なくとも私自身は加害者であるはずの彼の心配ばかりしていた。
先述した楽曲の扱いについてはもちろんのこと、「わいせつ未遂をするほどに、メンタルに不調をきたしていたのか」「お酒を飲んで魔が差したのか」「MONACAから独立した影響もあったのだろうか」「でも、独立後もたくさんいい曲を提供して、お仕事は順調だったはず……」と、彼の精神状態を案じた。
ごめんなさい。許してください。それほどまでに私は彼のことが大好きだったんです。悪いオタクで本当にごめんなさい。
大好きだから、何があっても、私はずっとこれからも彼の味方でいたい。
でもその気持ちが、被害者を始めとした他者への迷惑につながったらどうしよう。
私の「好き」は、この感情は、どうすればいいのだろう。
FFの秀和ファンは、「ことが落ち着くまで、SNSを見るのは辞めます」と。すっぱりTwitter断ちをする人が多かった。
最も正しい対応だと思う。
でも私はどうしても落ち着かなくて、仕事そっちのけで一日中Twitterを観察してしまった。
私の好きな人は、「性犯罪者」「クズ」「気持ち悪い」などと、たたかれまくっていた。
わいせつ未遂をしたのだから、当然である。
そしてそれらの言葉に、彼のファンである私は心を痛めた。
繰り返しになるが、彼はそれだけの行為をしたのだから、批判されて当然なのである。
たたかれる彼を見たくないのであれば、Twitterを、ネットニュースを見なければいい。
それでも私は、自分の「好き」がどんどん否定されていくさまを見るという自傷行為を辞めることができなかった。
仕事帰りに、初めてヒトカラに行った。
田中秀和縛りで1時間カラオケをした。
しばらく無職だろうから、配信停止になる前に印税でも入れておこうと思った。
大好きな曲たちの中から、悩みに悩んで11曲を選んだ。
歌いたくても歌えない曲がたくさんあった。
選びきれないほどの名曲がたくさんあった。
その中から厳選した大好きな11曲を歌うのは、本当に楽しかった。
カラオケ音源とはいえ、ジェラのイキりまくったアウトロを爆音で聴いて、テンションがブチ上がった。
そうして楽しくなればなるほど、これらの曲が今後配信停止になったり、ライブで披露されなくなったりする可能性を思い出し、悲しみで泣きそうになった。
腹から声が出ず、のどをつぶすようなかたちで1時間絶叫しながら歌った。
その日はカラオケから帰ると、ラジオを聴きながら無理やり就寝した。
翌朝。
田中秀和逮捕というニュースは、私の悪い夢だったのかもしれない。
しかしスマホを開いて、その悪夢が現実だと思い知らされる。
目が覚めたら、犯行前の8月にタイムリープしていたらいいのに。
そんなばかみたいなことを思いながら、仕事へと向かった。
さすがに前日ほぼ全く仕事をしていなかったので、4時ぐらいまでは集中して2日分の仕事を片付けていた。
でも、最低限どうしてもきょう中にやらなければならない仕事が終わると、糸がぶつんと切れてしまって、こんなnoteを書き始めてしまった。
彼が「職業作曲家」という仕事に復帰することは、もう二度とないであろう。
バンドマンやシンガーソングライターと違って、基本的に作曲家はクライアントからの直接の依頼や評価(コンペを勝ち抜くなど)がないと、仕事が来ない。
いくらたぐいまれなる才能があるとはいえ、前科のある(まだ有罪が確定したわけではないが、便宜上こう表現させてもらう)作曲家に曲を依頼しようと思うクライアントは、コンプラが特に重視される現代において、ほぼいないのではないかと推測される。
仮に彼が罪を償い、職業作曲家として復帰したとしても、某2.5次元俳優のように、一部の信者を除いて、界隈のオタクから総だたきになるに違いない。
そして仮に別名で復帰したとしても、私のような歴戦のキモオタたちが、「これは田中秀和の曲だ!」と、速攻で特定してしまうだろう。
私は彼の信者なので、正直なところ、もうこれ以上たたかれる彼を見たくない。
だから、職業作曲家には復帰しないでほしい。
だが一方私は彼の信者なので、こんなことになっても、彼の作る曲をこれからも聴きたいという思いがまだある。
田中秀和の新曲が一生聴けないなんて、田中秀和の楽曲と共に過ごし、支えられてきた私にとっては、到底受け入れいることができない。
ボカロPとかが一番現実的だろうか。
ボカロのオタクは嫌がるだろうが。
そんなことを書いていたら、櫻井孝宏不倫の文春砲がネットの話題をかっさらっていった。
私は高津カリノ先生のファンで、がはこ先生の漫画はほぼ全て読んでいる。
そのうえで、「WORKING!!も面白いし大好きだけど、私の一番はサーバント×サービスなんだ!」と、オタク仲間に布教してきた。
多分平常なメンタルの時にこのツイートを見たら、「悲しい」「ショック」程度の感情で、なんとか持ちこたえていたと思う。
ただ、秀和逮捕の傷が全く癒えていない状態でコンボが来たので、ただでさえ不安定だったメンタルを完全に破壊され、これまでギリギリのところで我慢していた涙がついに止まらなくなってしまった。
ひたすら泣きながらシャワーを浴びた。
「たかが応援している著名人の不祥事程度で、なんでこいつはこんなにもメンタルブレイクしているんだ」と思う人もいるかもしれない。
正直自分でもそう思う。
でも無性に涙が止まらない。
とにかくしんどい。
生きるのがつらい。
結局、自分が悪いのだろうか。
趣味に人生を圧迫されるレベルで推し活にうつつを抜かし、友人や恋人などとは全く無縁の生活を送った結果、「推し」という存在に依存してしまっていたのだろうか。
神さま、これが趣味を生きがいに日々を過ごしてきた25歳女の末路なんでしょうか。