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映画『そばかす』を喪女が見た感想

ずっと見たかった映画『そばかす』が、やっと現住地の広島でも公開されたので見てきた。

「恋愛をしたことがない、そういう感情もない。 だけど楽しく生きていける―」 それが私だと思っていた。
私・蘇畑佳純(そばた・かすみ)、30歳。
チェリストになる夢を諦めて実家にもどってはや数年。
コールセンターで働きながら単調な毎日を過ごしている。
妹は結婚して妊娠中。 救急救命士の父は鬱気味で休職中。
バツ3の祖母は思ったことをなんでも口にして妹と口喧嘩が絶えない。
そして母は、私に恋人がいないことを嘆き、勝手にお見合いをセッティングする。
私は恋愛したいと言う気持ちが湧かない。
だからって寂しくないし、ひとりでも十分幸せだ。
でも、周りはそれを信じてくれない。
恋する気持ちは知らないけど、ひとりぼっちじゃない。
大変なこともあるけれど、きっと、ずっと、大丈夫。
進め、自分。

映画『そばかす』 ストーリー

広島で『そばかす』を上映しているサロンシネマは、手作りのサンドイッチやクリームソーダを味わいながら映画を鑑賞できるなど、シネコンとは異なる雰囲気を味わえる素敵なミニシアター。
私は期間限定の「苺クリームソーダ」をお供に、作品を鑑賞した。

※以下作品のネタバレをしているので、閲覧注意。


好きだったところ

説教臭くない

この作品で一番良かったと感じたところは、「説教臭くない」ところである。

他作品との安易な比較は良くないなと思いつつも、Aro/Aceの女性が主人公の映像作品となると、どうしても『恋せぬふたり』が想起されてしまう。
個人的に『恋せぬふたり』は、「なんか説教臭いな……」と感じてしまい、Aro/Aceについて知る教材としては良かったと感じたものの、「ドラマ」というエンタメ作品として楽しむことは正直できなかった

一方『そばかす』は、日常でのありふれた会話や非言語的コミュニケーションから、主人公・佳純の悩みが痛いほどに伝わってきた
パンフレットで玉田真也監督が、

会話については説明的なセリフをできるだけ排除して、どうでもよさそうなやりとりに換えていきました。

映画『そばかす』 パンフレット

とおっしゃっており、私自身はこれを「ナイス判断!!!!」と感じた。
ありふれた会話を物語展開の主体にすることで、「あなたが気付いていないだけで、セクマイの人間は、あなたの身近にもいるかもしれないんだよ」という実在性が湧き上がってくるのではないかと、個人的には感じている。

また同じパンフレットで、脚本のアサダアツシさんは、

三浦さんが主役に決まってから、セリフをかなり削りました。
佇まいで語れる方なので、セリフがなくても佳純の思いが伝わるだろうと思いました。

映画『そばかす』 パンフレット

とおっしゃっている。

例えば、同僚の八代からゲイであることを告白されるシーン。
八代の「生きている限り、恋愛からは逃れられない」という言葉を聞き、佳純は、彼に自分のセクシャリティーをカミングアウトすることを辞める。
「同じセクマイであっても、恋愛感情がないという自分の苦しみを分かってもらえることはできないだろう」という佳純の「諦め」が、説明セリフやモノローグなしでも十分に伝わってきた
改めて、三浦透子さんの演技力の高さを思い知った。

「交際経験なしあるある」の解像度の高さ

もう一つ印象に残っているシーンは、冒頭の合コンのシーンである。

  • 周りの恋愛話についていけなくなり、ご飯をバクバク食べる

  • 「楽しい?」と聞かれ、「楽しいです。ご飯おいしいですし」と返答する

  • 理想の異性のタイプや理想のデートを聞かれて、返答に困る

など、冒頭から「交際経験なしあるある」が本編開始から爆速でぶっ込まれていた
当事者の方が監修に入っているということもあって、あまりにもあるあるの解像度が高い。

ちなみに私は、冒頭数十秒を見ただけで涙が出てきた。
これは「映画を見始めてから泣き出すまでの時間ランキング」の圧倒的第1位だし、恐らくこのランキングが今後更新されることがもうないであろう。

身の上話

遅ればせながら私の身の上話をしておくと、私自身Aro/Aceの当事者というわけではない。
作中、佳純がお見合いをきっかけに知り合った友人・木暮から男女の関係を求められるシーンを見て、「私が同じ立場なら、確実に木暮に恋愛感情を抱くし、木暮からのそういう行為も絶対に拒否しないわ」と思ったので、自分の恋愛的志向はヘテロロマンティックで、性的志向はヘテロセクシャルであることを改めて自認した。

ただ、自分の人生において恋愛の優先順位がかなり低いのは確かで、25年生きてきて交際経験は一度もない。
他者から恋愛感情を告白された経験もないので、私はいわゆる「喪女」というやつである。

ちなみに「恋愛感情を滅多に抱かないが、強い感情的な絆や、信頼関係が築かれている関係の人に対して、稀に恋愛感情を抱く」という「デミロマンティック」の可能性についても考えてみたことがある。
だが結局、

  • 一目ぼれが理解できない

  • 好きなタイプが分からない

  • マッチングアプリはきつい

あたりはかなり共感できたものの、「そういやこれまで好きになった人、会って2回目とかで恋愛感情を抱いているな」と思い、「自分は違うわ」と思い至った。

25歳で交際経験がないとなると、他者からドン引きされたり、「かわいそう」と憐憫のまなざしを向けられたりする機会が、まーーーあかなり増えてくる
前述した「理想のデートは?」という質問についても、飲みの場などでそこそこの回数されてきた。
そのたびに、「普通」の人たちにとって、25年も生きていれば「デートをしたことがある」のが「当たり前」という価値観を、ナイフで突きつけられているような、やるせない気持ちになる。

先ほど『そばかす』を見だして冒頭数十秒で涙が出てきたと書いたが、以降もずっと泣き通しで鑑賞していたし、映画館からの帰りのバスでパンフレットを読んだ際にも泣いてしまったし、なんなら映画を見る前に読んだ三浦さんのインタビューでも泣いたし、このnoteを書いている現在もちょっと泣きそうになっている。

私は25年生きてきて、交際経験が一度もないけれども、自分の人生を不幸だと思ったことはない
仕事はやりがいがあって、趣味もたくさんあって、好きなものに全力で打ち込める日々は楽しい。
だけど、私には「交際経験がない」から、他者は私のことを憐れむ。
『そばかす』を見て涙が止まらなくなったのは、毎日楽しく生きているのに交際経験がないだけで周囲からドン引きされることに傷付き、哀れに思われている現状を「しんどい」と思う自分の感情が表面化されたからだと思う。

これは、交際経験の有無に限った話ではない。
自分には何かしら世間一般の「普通」と違う部分があると感じている人間は、一定数いると思う。
『そばかす』は、そんな「違和感」を持ちながら生きている人々が、「自分の他にも、世間の「普通」と違うことに葛藤しながら生きている人がこの世に存在するんだな」と安心できるような、そんな人たちをやさしく包み込んでくれるような、素敵な映画だった。

Aro/Aceが登場する映像作品が増えている

『そばかす』や『恋せぬふたり』のみならず、直近では『ミューズは溺れない』や『今夜すきやきだよ』と、Aro/Aceの人物が主役級で登場する映像作品が確実に増えてきている。

『ミューズは溺れない』は先日鑑賞したが、とてもいい作品だった。

まだ見ていないという方がいたら、ぜひ見てほしい。

『今夜すきやきだよ』は出遅れてしまって未視聴なので、近々Paraviを契約して、最新話まで追い付きたいと思う。

これからもいちエンタメ好きとして、当事者ではないけれどもAro/Aceに関心を抱いている人間として、「恋をしない人」が登場する作品が増えていったらうれしいなと思う。

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