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やじろべえ日記 No.11 「蝶」

「こんにちは。」

いつも通り公園でキーボードを弾いていると後ろから声をかけられた。この感じは浅井さんではない。後ろを振り返ると一昨日会ったキーボード弾きの子が立っていた。

「こんにちは,2日ぶりですね。」
「はい。」
「昨日は別のところで弾いてたの?」
「いえ。昨日は塾だったので。」

ということは高校生くらいだろうか。

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私は野良でキーボードを弾いている人間である。といってもここ一週間くらいは誰かとセッションすることが多い。最近はシンガーの浅井さんや今声をかけてくれたキーボード弾きがセッション相手である。

私は演奏が日ごと安定しないという,セッションをする人間としては致命的な特性を抱えている。そのため誰とセッションをしても長続きしなかった。そのため今話したこの2名が現在私の絡める人である。

しかし私の演奏には安定しない以外の特性があるらしいことが最近分かった。それが何なのかは私もよくわからないのだが。

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推定高校生キーボード弾きの方は準備をして弾き始めた。
相変わらずあたりをさまようような,あたりに溶けてしまいそうな雰囲気だ。本人の意識もあたりをさまよっているように見えるから不思議なものである。そう思いながら見ていると,推定高校生のその子は演奏を止めた。

「あのう…?」
「はい,なんでしょうか?」

しまった。口調が変になった。

「もしよければ,一曲弾いてもらえませんか?」

どうやらこの子は何か意図しているようだ。ここまでまっすぐ見つめられると断りにくい。

「あ…はいわかりました。何かリクエストありますでしょうか?」
「では…今ぱっと思いついたものをお願いします。」

そう言われてわたしは戸惑った。意図が見えない。だがまあやってみよう。私は今ぱっと思いついた曲をやってみた。蝶のようにあっちへ行ったり,こっちへ行ったりする不思議な子を描いた歌のピアノバージョンだ。理由は単純。この子を見ているとこの歌を彷彿とさせる何かを感じるのだ。

ただ聴いていて少し地味に感じる方も多い曲なので,なかなか人前ではやらない。あの子が退屈していなければいいけど…そう思いながら弾き終わると,その子は眠って…はおらずむしろ目を光らせている。

「この曲,かわいいです…好きです!もしよかったらコードを教えてください!」
今までにない圧である。

「わ,わかりました…」

私はタジタジになっていた。別に隠すものでもないので楽譜を見せることにした。

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どうやらこの子の目的は私とセッションすることらしかった。

楽譜を見て私とどう合わせるか考えていたみたいだがなかなかうまくいかない。一昨日の私の真似をしたがっているようだ。

「うーん,どうしてそんなに私の真似をしたいのでしょうか?」
「あの日,あなたが加わったとたんにその場に広がっていく感じがあったんです。それをまねしたかったんですけど…難しいですね。」

そんなたいそうなことをした記憶はないのだが,とりあえずこの場を何とかする方法は…そうだ。

「うーん,私があの日やったのはちょうちょが飛んでいるところにお花畑を書いた感じなんですね。」
「…?」
「ええと,今の私の演奏はあなたにはどう聴こえます?」
「うーん,迷子になっている子供に聴こえます。」

なるほど。

「迷子になっている子供がいる場合,そこにいてほしいものは何だとおもいます?」
「…」

心得たという表情になった。

「じゃあ,もう一回やってみましょうか。」

そうしてやっていくと,今度はいい感じになった。

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「なるほど。迷子の子には案内人をってイメージしたのかな?」
「…!そうです。よくわかりましたね。」
「すごくわかりやすかったです。今の感じで『何を書き足すか』をイメージすると『即興では』やりやすくなりますよ。」
「そうなんだ…すごいなあ。…あの?」
「はい。」
「いま『即興で』って言いましたよね?」
「はい。」
「即興でない場合は何かあるんですか?」
「うーん,即興ではない場合は淡々と弾くだけですかね。アンサンブルは考えるけど,共通のイメージはなんとか頭に叩き込む…つもり…」
「つもり…といいますと?」
「私,イメージも弾き方も変えてないはずなのに,『どうして昨日と同じようにやってくれないの?』と言われることが多いので…誰かを関係性を築いていくのには向いていないみたいなんですよ。」

それを聴いて落胆されたと思いきやなんだか興味を持たれたみたいだ。

「あのう,良かったら明日,同じ曲一緒にやりませんか?私も明日ここに来るので!」
「え,ええ。かまわないですけど…」

この子の意図と行動は本当に読めない。

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See May Jack
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